少し前までは猟奇殺人が起きた場所として、誰も近づかなかったが、時間も経過すれば、「殺人事件があったんだって」と噂される程度であり、当初に比べると騒がれず、通行人も以前と同じに戻りつつある。
その少し離れた場所で、秋山菊乃が女子高生三人に囲まれていた。
――何だ、ありゃ?
彼女と同じ
髪は派手な色に染め、その年頃には少し早すぎる濃いめの化粧。菊乃が標準の制服だとすると、制服も随分と着崩し、スカートの丈が屈めば見える程に短い。
――まあ、俺は生活指導じゃないから、そこはどうでもいいが……。
問題は、今の状況だ。
「お前さー、最近、学校来ないけど……もしかして、エリカ達殺したのって、お前?」
「うわー、こっわ。大人しそうな顔してて、やるわー」
「あー、でも、毒とか作ってそうなイメージあるから、納得」
――うん、大体、事情は把握した。
そもそも菊乃に絡んでいる女子高生達も、普通ならこの時間帯は授業中なのだが。
「おい、何とか言えよ」
「ちょっと、
「分かるー。あれマジうざい。ちょっと物隠したくらいで、泣き出してさー。お前、いくつだよって感じ」
「仕方ないよ、こいつ、腰巾着だもん。中学の時から、
「あー、あれ、マジうざかった。四季呼んでるだけで、お前は呼んでねえってのに、ついて来んだもーん」
「ねえ、聞いてる?」
一人の少女が、菊乃を軽く押した。どこか上の空だった菊乃は、力なくその場で尻をついた。
「つうか、お前に関わった奴、みんな不幸になってんじゃん。この疫病神!」
「四季だけじゃなくて、エリカ達まで死んじゃってさー。あーあ、だから、お前みたいなゴミに関わんなって教えてやったのに」
「死ねよ、疫病神」
「疫病神!」
一人が軽く菊乃を蹴ると、それに倣って残りの二人も菊乃を蹴り始めた。
流石に見過ごせず、秋羽が止めに入ろうとした時――妙な威圧感を感じた。
「……んで、なのかな」
ぼそり、と菊乃が呟いた。
「何で、あんた達みたいなクズが生きていて、四季さんが死ななくちゃいけなかったのかな」
菊乃が、三人を見上げて言った。
まずい――。
秋羽がそう思った時、菊乃は手に当たった石をわしづかみにしていた。
「え? ちょっと、何こいつ」
彼女達も菊乃の行動に驚いて、後ろに下がるが、それより早く、菊乃が一人の肩を掴んだ。そして、石を振り上げた。
「え? 冗談でしょ」
「あんた達のその冗談で苦しんだ子達が、たくさんいたんだよ」
菊乃が、一番後方にいた短髪の少女を見た。
「ねえ、
「あ、あんなの、ただの遊びでしょ。いじめなんて……」
「うざい、キモい、死ね……毎日のように、言っていたよね」
「……っ」
菊乃の無感動な威圧感に気圧され、中上と呼ばれた少女は押し黙った。
「嫌いな子の悪い噂流して、いつ不登校になるのか賭けて遊んでいたよね。物を隠したり、自分の財布をわざとその子の鞄に入れた事もあったよね。あれが遊びで済むなら……私が今からやるのも、ただの遊びだよね」
「ち、ちょっと、じゃあ私関係ないじゃん!」
菊乃に腕を掴まれている子が叫んだ。
「中学の時なら、やったのわかば若葉で……」
「はあ!?
「ね、ねえ、菊乃。私は、中学違うし……」
「ちょっと、咲子。それずるくない?」
腕を掴まれている少女――絵里の言葉を引き金に、互いに押し付け合い始めた。その醜い光景に、菊乃は小さく溜め息を吐いた。
「……死ねば、いいのに」
ぼそり、と菊乃は言った。
「四季さんじゃなくて、あんた達が死ねば良かったのに」
「……っ」
菊乃の様子を本格的にやばいと感じたのか、咲子と若葉は一目散に逃げ出した。残った絵里は「ごめんなさい」と繰り返し呟きながら、暴れている。
「四季さんは、美術室から落ちて死んだ。美術室から落ちて、地面に叩きつけられて死んだ。じゃあさ……石を叩きつけたら、人は、死ぬのかな?」
「ねえ! さっきから、謝っているじゃん! そりゃ、確かに、私達も悪ふざけが過ぎた所あったかも知れないけど……あんなん、みんな、やってんじゃん? マジになんなよ」
「あんた達にとっては、遊びだったのかも知れないけど……それを一生背負う人達だっている」
「ねえ、だから、悪かったって言ってんじゃん! やめてよ!」
「あんた達は、いつもそうだ。その場のノリで、自分達の気分で、平気で人を傷つける。そのくせ、自分が同じ事をされると、被害者顔して喚き散らす。あんた達がいるから! あんた達みたいなのが、いるから! 四季さんみたいな人が死ななきゃいけなくなるんだよ!」
菊乃が石を振り上げた時、その手を強い力で掴まれた。
「やめとけ」
「……!」
秋羽が石ごと菊乃の腕を掴むと、ようやく菊乃は正気を取り戻したように目を見開いた。
徐々に、瞳に生きた光が戻っていく。
「あんた……!」
菊乃は、秋羽の顔を見ると――自分がしようとしていた事に気付き、驚いて石を離した。
「お前には、似合わねえよ、優等生」
「……」
ようやく自分が何をしようとしたのか理解した菊乃は、ばつの悪い顔で俯いた。
彼女が落ち着いた所で、秋羽はもう一人の少女――絵里を見る。
「お前も、もう行け……あと」
と、彼女に顔を近付け、彼女にしか聞こえない声で言った。
「お前ら、いじめって法で裁けねえって思っているかもだけど、普通に裁けるぞ? 名誉毀損、器物破損もろもろ……」
「そんなわけ……」
「あるんだよ。知らねえみたいだから、教えといてやるけど。学校を卒業した後や数年が経過した後でも、学生時代のいじめを訴える事が可能なんだよ。『自白法』が守ってくれるのは未成年だけだからな。成人した後、たっぷり裁けるな。その時、結婚が間近だったら破局する事だってあるんじゃねえの。逆に、子供がいたら、同じ目に遭うかもな。職場でも『アイツ、学生時代にいじめやって訴えられたんだってー』って、今のお前らみたいに面白可笑しく盛り上げてくれる奴らも出てくるかもな。なあ? ほさか
「……何で」
と、絵里が秋羽に言い掛けると、秋羽は彼女にこれ見よがしに学生証とスマートホンを見せる。絵里は慌てて学生服のポケットを確認するが、そこに目的の品はない。
「……っ」
「ほら、もう行け。小者に用はねえんだよ」
「くっ……!」
絵里は動揺しながらも秋羽からスマートホンと学生証を奪い取った。そして、一度も振り返らずに走り去った。
「さて、と……」
と、分かりやすい言葉と共に、秋羽は振り返った。
「……」
菊乃は無言で秋羽を見つめていた。今のやり取りの中で逃げる事も出来たが、それをしなかったという事は、まだ会話する気があるのかも知れない。そんな一縷の望みをかけて、秋羽は声をかける。
「秋山さん」
「……笑顔が、胡散臭い」
やはり返ってきた言葉は大人を小馬鹿にしたように生意気なものだったが、初めて会った時のような攻撃力はなく、今にも泣き出しそうな声をしていた。