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第17話

 呼び止める暇もなく、秋山菊乃は走り去った。

 それを呆然と見送っていた秋羽は、突然横から耳を引っ張られ、軽く身体が傾いた。

「お前、何している!?」

 耳を引っ張った張本人の茉莉が、さらに耳元で叫び、二重の痛みが生じた。

「とっとと追いかけんか!」

「そんな事言われても……もう行っちゃったし」

「このマイペースホワイト!」

 ばしん、と肩を何度も叩かれた。地味に痛い。

「大体、お前は、何か掴んだんだろ!?」

「まあな」

 と、肩を庇いながら秋羽は答える。

「結論から言うと、今回の事件は、殺人じゃない。自殺だ」

「自殺ぅ?」

 正義がポカンとした顔で首を傾げた。

「本当ッスか? 現場、マジ凄かったんスよ。猟奇殺人って感じで、遺体なんて原型留めているのが不思議なくらい、ズタズタで……うぷっ」

 当時の事を思い出したのか、正義は涙目で訴えながら、口元を覆った。

「ここで吐くなよ」

「そうは言っても、ズタズタのグチャグチャで……」

 そう正義は訴えるが、既に茉莉の視線は秋羽に向かっていた。

「それより、白石。自殺でないとはどういう意味だ?」

「さっき、取り調べで言った通りだ。死因は全員絞殺。これは、全員が自ら首を吊って死んだから。そして遺体をめった刺しにしたのは、それを隠すため……あとは、メッセージ的な意味もあったんだろう」

「メッセージって……礼の、自殺した生徒の事ッスか?」

 正義が問うと、沙綾が秋羽の前に出た。

「そうだよ。これは、彼女達からのメッセージ」

 彼女は、言う。

「殺されたのに、その真実を隠された。だから、それをもう一度さらけ出すために、あの子達は、こんな事を始めたんだよ」

「……」

 どこか、挑むような瞳に、秋羽は押し黙った。

 その視線は、いつも真実をはぐらかす菊乃の瞳と少し似ていると思った。

「でも真実を訴えるには、他にも方法があるんじゃ……何も、自殺までしなくても」

「この方法以外、なかったんだよ。きっと、これは彼女達なりの罰」

 或いは、そそのかした何者かがいたか――

「罰ってどういう意味ッスか?」

「姫崎四季が自殺した時。当時事故だと思ったのも、彼女達も一緒だったから。のちに知る事になった自殺の原因となった事件……それを知った時、彼女達は悔いただろうな。もし当時の自分達が、安倍恵介達が起こした事件について勘付いていれば、姫崎四季は自殺するのを思い留まったかも知れない。当時の自分達が、事故じゃなくて自殺ではないかと勘付き、大騒ぎすれば、マスコミや警察が不審に思って調べる者が出てきたかも知れない……もし、あの時、自分達が不審に思っていれば、行動を起こしてれば……そんな所だろ」

 そこまで言うと、白石は背を向けた。

 そして、そのまま彼女が去った先へ向かう。

「あ、白石さん」

「やめておけ」

 同じく飛び出しかけた正義を、茉莉が止めた。

「確かに、この事件、単純だが複雑だ。そして、この複雑さを読み解けるのは、白石だけだ」

「でも、これって殺人じゃなくて、自殺だったんですよね? そこまで分かったなら……」

「確かに連続殺人じゃなくて、殺人に見せかけた自殺。そこまで見抜いた時点でミステリーなら、もう終盤だろうな。だがアイツが扱う事件はそんなに単純じゃない。ただ犯人を見つけ、トリックを暴き、事件を解決させる。それだけなら我々でも出来ただろう……」

「……『自白法』!」

 正義も察したのか、目を見開いた。

「そういう事だ。『自白法』がある限り、たとえ真相が分かっていても、容疑者候補が自白しない限り、この事件は続く。それを迷宮入りにするかは、アイツの手腕にかかっている」

「あの人は……」

 正義が、零すように言った。

「暴けるんでしょうか」

「出来るさ……何故なら、アイツは白石。自白させるのが、仕事だから」


       *


 ――まったく、不平等だな。

 白石秋羽は、大股で廊下を歩きながら思った。

 去り際に、後ろで赤西茉莉が好き勝手言っている声が聞こえた。

 ――何が、自白させるのが仕事だ、だよ。

 実際そうなのだが、そう簡単に言ってくれるな、と思う。

 トリックは暴いた。アリバイも崩した。それでも、『自白法』がある限り、真相が分かっても真実を暴く事が出来ない。

 ――いつもそうだ。

 子供を守る法律が、子供の成長を妨害し――子供の平和を脅かす。

 子供の将来に影響を与えるから、と未成年の犯罪者を徹底した守るために出来た法律が『自白法』である。

 『自白法』が出来る前は、確かに未成年の犯罪者への差別が絶えなかった。

 未成年の犯罪者は、原則として名前が公表される事はない。それは被害者も然りだ。

 しかし、やはり漏れる所は漏れる。名前が公表される事はないと言っても、それは新聞社やマスメディア界の話であり、警察側としては正式に発表する。警察側が発表せずとも、身近な誰かが捕まれば、いずれ世間には漏れ、被害者側も黙ってはいないだろう。

 成人に比べるとメディアの露出が少ないだけで、未成年でも罪を犯せばそれ相応の罰を受ける。流石に無期懲役や死刑など重い罪にはならないが。

 そして法律上の罰を終えたとしても、彼らには別の刑が待っている。それが所謂ネット私刑というやつだ。

 新聞とは異なり、ネット上の記事は消えず残ってしまう。古い記事は期限切れという形で閲覧不可になる事はあるが、スクリーンショットなどで画像を保存する事が可能であり、そういった古い記事が数年後にSNSなどで出回るケースは多い。

 所謂デジタルタトゥーだ。

 少年院で服役し、己の罪を悔い改めても、人生のやり直しを世間は許してくれない。

 盗みを働いた前科があれば、職場で窃盗すれば真っ先に疑われる。女性を暴行した前科があれば、危険視され――、故意であろうとなかろうと、殺人を犯した前科があれば刃物を持っただけで驚愕される。次第に行動を制限され――何もしなくなる。

 中には、全くの冤罪というケースもある。

 そういった子供の未来を守るために『自白法』が生まれ、未成年は自白以外でしか裁く事が出来なくなった。

 しかし結局――大人の目論見は外れ、子供は悪い事をしても言い逃れをすれば逃げ切れると踏み、罪を罪とも思わなくなった。

 ――自白、か……。

 本当に面倒な法律を作ってくれた。

 この法律はとことん子供に甘く、大人に厳しい。

 悪い事を、悪い事だとは思わない。

 そういった連中が次から次に生まれ、悪事を働くようになるのなら、この社会は終わりだ、とすら思う。

 事実、大人の世界でもいじめはある。むしろ、大人の世界のいじめの方が、子供以上に逃げ場がない気がする。

「まったく、本当に、この世界は、不平等だ」

 誰に対するか分からない愚痴を零しながら、秋羽は警察署を出た。

 ――だけど、それでも真実を追究しなくてはならないんだ、俺達は。


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