秋羽が正義を無理やり追い出した後、秋羽は再度菊乃と向かい合う。
「悪いな、騒がせて」
「別に構いませんけど、さっきアリバイがどうとか言ってませんでした?」
「ああ、確かに、一件目と二件目の君のアリバイが立証されたような事を言っていたな」
「じゃあ……」
「だけど、君に限って、それは大した意味を持たない。何故なら、君が関与したのは、君が出入りした形跡のあった、三件目のみだから……そうだろ?」
「……」
菊乃は、答えない。
――まったく不平等だ。
秋羽は、口癖を心の中で呟いた。
――俺ばかり損な役回りばかり……だが、これも真実を引きずり出すためだ。
秋羽は、目の前で何かに耐えるように膝の上で拳を握り締める菊乃を見る。
――こんな状況の彼女に言うのは少し酷だが……これも、真実のため。
――許せよ。
「君は……」
しん、と静まり帰った部屋で、秋羽の声がやけに大きく響いた。
「姫崎四季が事故だと思ったのは、警察や学校だけじゃない。君達自身も、そうだった」
ずっと気がかりだった。警察や学校を恨んでいるようで、その目はどこか虚ろで無感動。
言葉に棘がありながら、自分を護る事はしない。自分が疑われても素知らぬふり。それ自体が罰であるかのように。
「自殺だった事に気が付いたのは、もっとずっと後……だから報復するのに四年かかった」
四年は特に意味がない。あのエリカの投稿の通り、知ったのがつい最近だっただけだ。
そして全てを悟った彼女達は、それを実行に移した。
つまり――
「これは、殺人事件じゃない」
*
「自白班」。
署内でも問題児の集まりで、事件関係でなければ誰も近付く事のない部署。
そこで、茶園は書類作業をしながら、時折壁時計を見やる。
「そんなに何度も見ても、時の流れは一緒ですよ。いい加減、鬱陶しいです」
黄崎初夏は呆れながら上司に抗議する。
「しかし、黄崎君。もうそろそろ取り調べの時間が……」
「そうですね。もうちょっとで終わりそうですね……たしか、今日も取り調べ時間の指定ありましたよね」
一日目と同じく、一時間のみの指定があった。
彼が取り調べを行えるのは、一時間のみであり、その限られた時間の中で彼は容疑者候補の少女から真実を引きずり出さなければならないというわけだ。
「それにしても、妙ですね」
初夏はパソコンを打ちながら茶園に話しかける。
「だって、あの子、取り調べ自体には応じるのに、時間はきっかり指定してくるし……協力的なのか、そうじゃないのか」
「言いたい事が、あるんだろうな」
「え?」
「言いたい事はある。だが、伝え方が分からない。だから、ああいう形で、あの子は白石に訴えているんだろうな」
「そうですかぁ? ただおちょくられているだけのような……」
茶園のように子供だからという理由で無条件に信じられない初夏は、怪しみながら言った。
「大体『自白法』って、大人に不利なだけじゃないですか。少子化だ、子供の未来だ、って言っても、その被害に遭っているのは大人なのに。不公平ですよねー」
「だからこその『自白法』なんだよ」
いつの間にか窓際に移動していた茶園は、ここから見える筈のない取調室の様子を伺うように、窓の外を見つめる。
「人は、罪を犯す。大人だろうと、子供だろうと。大人だから正しい、子供だから純粋。政治家だから間違わない、不良だから間違える……そんなわけがない。誰だって間違える時は間違え、罪を犯す時は犯す。それは誰も予想出来ない。ゆえに『自白法』が必要なんだ」
「えー、意味分かんないですけど。普通、『自白法』が邪魔なんじゃ……」
「大人が真実を引きずり出せなければ、どのみち、この社会は駄目だからな。そして子供に嘘をつかせたまま社会に戻す事も……それが許される社会は、どのみち駄目だ。だから我々は自白させるんだよ。これは、大人でも子供でもない。白石と、少女のタイマンだ」
初夏に言いながら、彼の視線は真っ直ぐ窓の外へと向かう。
「白石。お前なら、分かる筈だ。お前なら、読める筈だ……そうだろう?」
茶園のここにいない者に対する問いかけは、時計の針の音にかき消された。
*
「一応、間に合ったか」
未成年専用の特別取調室。
そこで、白石と今回の容疑者候補である菊乃が向かい合っている。
赤西茉莉は、少し息を切らしながら、取り調べ室前に到着した。
取り調べが始まる前から部屋の外に待機していた緑区正義はキョトンとした顔で茉莉を見た。
「あれ? 先輩……」
「緑区、状況は?」
「えっと、まだ特別な事は……」
未成年の取り調べの場合、プライバシーの事情などから、部屋の外で待機していいのは心理カウンセラーや、事件を担当した一部の刑事のみである。今回カウンセラーはいないため、実質茉莉と正義だけが外側から観察する事が可能だ。
取り調べ室と一言でいっても、取り調べは何も室内だけで行われるものではない。
人は、嘘をつく。
自分の身を護るために嘘をつく場合もあるが、未成年の取り調べの場合、多くが無意識の嘘だ。咄嗟についてしまった、小さな嘘。そして、その嘘を貫くために、また無意識に嘘をつく。そうやって嘘が嘘を重ね、真実を遠ざけていく。
そのため、取り調べを行う側は、その嘘を見抜かなくてはならない。
会話の中の矛盾を見つけるのは勿論だが――その場にいない人間だからこそ見抜く事が出来るものもある。
ゆえに、刑事などが部屋の外側で待機し、表情や視線から、矛盾を見つける。
ただ『自白班』の場合、自白させるプロのため、今の所、役に立った試しがないが。
「あの、先輩……証言、とれたんですか?」
「ああ、姫崎四季に起きた悲劇については大体分かった」
「じゃあ、白石さんに……」
「いや、その必要はなさそうだ」
茉莉は秋羽の横顔を見つめながら言う。
「あいつは、きっと……真実に辿り着いている。だから……あの子を救えるのは、あいつだけだ」