所変わって、「科学捜査班(黒)」。
「お前が一人で来るとは珍しいな、赤いの」
「赤西だ」
いつものやり取りをしながら、赤西茉莉は毛布にくるまりながら廊下に転がる桃瀬太郎を見下ろす。
「お前、どこまで予感していた?」
「さあ、どうだろうな……いくらエリート中のエリートの俺様でも、人の起こす行動は摩訶不思議。腹の中に抱えているもんまでは読みきれんよ」
そう言いながら、太郎は全て分かっていたように、茉莉には感じた。
太郎は寝転がりながらノートパソコンで作業する。
「今回の犯行自体は単純だ。サルでも思いつく。だが、事件そのものは複雑だ……そう白いのにも言ったんだが、アイツははたしてたどり着けたのか」
「聞くまでもないだろう。アイツが、真実に辿り着けないわけがない」
「そうだろうな」
くくく、と笑いながら太郎は言った。
「そして、お前も、別の真実の欠片に辿り着いたんだろう? 赤いの」
「……大体分かった」
中学時代、安倍恵介に自分のデザインを盗まれ、さらに四季に泣き寝入りさせるため、彼女をいじめるよう仕向け――結果、自殺した。
しかし、まだ謎は残る。
何故、四年前に中等部で起きたその事件が、今回の事件を引き起こすまでに至ったのか。
「鮮血ずきんちゃん事件」は、当時四季と仲が良かった生徒が、次々に惨殺され、その現場に彼女の遺作である盗作された赤ずきんのグッズが置かれる、というもの。
今回の事件を、本当に容疑者候補の菊乃が起こしたのならば、何故親友である彼女達を殺したのか。安倍恵介を引きずり出すためならば、何故彼個人を狙わなかったのか。
――そもそも、何故今更になって?
――やはり、あの投稿にあったDMが……
「……あの娘は、まだ何もしておらんよ」
「え?」
太郎がボソリと言った。その声はどこか沈んでいるようにも思える。
「急げよ、白いの。あの娘が、本当に罪を犯す前に」
太郎はどこか遠くを見ながらそう呟いた。
*
取調室――。
引き続き、白石秋羽と秋山菊乃の攻防が繰り広げられていた。
「中学の時に起きた自殺を事故として警察が片付けた。だから、警察に殺されたって事なのか?」
「……そんなに、単純じゃないよ」
低い声で、菊乃は言う。
「私達だって、バカじゃない。状況証拠的に、自殺が事故で片付けられる事くらい分かる。もし四季さんが他人だったら、私だってそう思ったし、疑問すら抱かなかった。いじめで自殺したら、死ぬくらいなら転校すれば良かったのに。失恋で自殺したら、生きていれば新しい恋に出会えたかも知れないのに。受験の悩みを苦に自殺したら、努力が足りない、根性が足りない。その程度で死んじゃったら、どのみち社会に出てからも駄目だって……他人事のように思っただろうね」
ネットニュースのコメント欄にのっていそうな辛辣な台詞が次から次へと飛び出した。あれは匿名な上に他人事だからこそ言える事であり、文字として言う事は出来ても、実際言葉にして言える人はごく少数だろう。
そして菊乃は賢い子だ。本来なら、そんな心ない言葉を吐く事はなかっただろう。他人事だからこそ、言う事はなかった。
他人事でない事だからこそ、彼女は言ったのだ。
「どうして、そんな風に言うんだ?」
「何、説教? どうしても何も、みんな言っているでしょ。こんくらい」
「そうじゃない。君の言葉は、自傷行為みたいだ。自分自身を傷つけているみたいで、まるで自らを罰するように……」
自らの手首にカッターナイフを突きつけて切り裂く。その程度で死ねない事は分かっていながら、何度も繰り返してしまう。そんな感じがした。
――こんな話を聞いた事がある。
リストカットをする子は死にたいわけではない、と。出来なかった事への罰、失敗した事への罰――そうやって自らを罰するために、自らを傷つける。
――俺にも、覚えがある。
ふいに、秋羽はいつも身につけている金色のロザリオを見る。
――自分を殺したいくらい、自分を許せない気持ち……確かに知っている。
そこで秋羽は意識を戻し、淀んだ瞳でどこか遠くを見つめる菊乃を見る。
――もし、この子が、あの時の俺と同じならば……。
「君は、自分を傷つけたいんだろ? 殺したいくらいに、許せないんだろう?」
「……っ」
冷静だった菊乃の顔が大きく揺らいだ。
――大体、分かった。
秋羽は言葉にせず、全てを理解した。
といっても、推理の範囲内だが。
推理する、なんて言葉自体は格好いいが、ようは想像だ。きっとこうだろう、と推測する。人の心理なら尚のこと想像するしかない。
――四年前に同級生が自殺した。
明日もまた会えると信じていた友人が、ある日、自殺した。
しかし、当時それは事故死として片付けられた。
それが巡り巡って四年後――彼女達は順番に死んでいった。
――あ、そうか……。
――そういう事か。だから、俺はずっと違和感を持っていたんだ。
霧が晴れるように、それがはっきりと分かった。
「秋山さん、君は……」
「白石さん!」
と、その時――突然扉が開き、緑区(みどりく)正義(まさよし)が駆け込んできた。
「アリバイが、成立しました」
その言葉に、秋羽と菊乃が同時に顔を上げた。
「一件目と、二件目……彼女は、自宅で勉強をしていたと言っていましたが、そのアリバイが成立したんです」
「アリバイ?」
「彼女の家は、町工場です。その工場に出入りしているトラックのドライブレコーダーに、彼女の部屋の窓ガラスが映っていて……机に向かう彼女の姿があったんです」
「三件目は?」
「え?」
秋羽の問いに、正義はキョトンとした顔で声を漏らした。
「一件目と二件目は、大した問題ではないんだ。三件目は、どうだった?」
「三件目だけは、映ってなかったですけど」
「なら、問題ない」
「え? どういう事ッスか?」
「いいから、早く出て行ってくれ。まだ、取り調べは終わっていない」