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第12話

      四


      *

 ザシュ、ザシュ――。

 深夜の体育館倉庫で、肉を切る音が響いた。

「はあ……はあ」

 秋山菊乃は、乱れた息を整える事もせず、目の前の肉片に肉切り包丁を突き立てる。

 ――なかなか切れない。

 聞いてはいたが、想像以上に人体は固い。骨を避けても、臓器を取り除く事が難しい。

 ――早くしないと……誰か来る前に、この子の肉を削がないと。

「くっ……はあっ……うっ……げほっ」

 強烈な血の匂いと緊張から、菊乃はついに嘔吐した。

 ――あとで、掃除しないと……こんな所で、証拠残したりしたら、全て無駄になってしまう。

「もし証拠を残したら、誰か、気付いてくれたりするかな?」

 そう呟いた後、菊乃は自嘲するような笑みを零した。

「なんて、無理だよね。分かっていた事じゃない。気付いた所で、誰も何もしない。だから私達は、決断したんだ」

 菊乃は再度手を動かす。動きは乱暴だが、その手つきは躊躇いがちで、思うように終わらない。

 ――教えてもらった通りにやっているのに、どうして私だけ……。

「やっぱり、みんなの言う通り、何をやらせても、私は駄目なのかな」

 ぽたり、と手に涙の雫が落ちた。手の甲で拭えば、返り血が顔につくため、菊乃は零れた涙を気にせず、動作を続ける。肉を削ぐ度に、涙がまた一滴零れ落ち――声を殺しながら、涙だけが零れる。

「ごめん、ね……」

 菊乃は肩を震わせながら肉を削いだ。

「私がやらないと! 私の番だもん! 私が、やらないと! 私が、ツバキを!」

 次第に手つきが乱暴になり、肉片と固体のような血の塊が、周囲に飛び散った。



 やがて夜が明けて、朝日が差し込んだ。血の塊は喰い散らかしたように、周囲に飛び散り、床を紅で染め上げた。


 そして数時間後――扉を開けてしまった運動部の悲鳴が、学校内に響いた。それを影から見つめ――菊乃は、安堵の笑みを零した。

   *


 四月四日、午後3時30分。

 取り調べ三日目。


 犯行当日の夜を思い出し、菊乃は自嘲するような笑みを零した。

 場所は警察署前。今日の取り調べのため、菊乃は警察署へやって来た。

「……早く気付けよ、バカ」

 誰にも聞こえない声でそう呟いた後、菊乃は警察署の扉を開けた。


       *


 密室の取り調べ室。  

 密室といっても、このやり取り事態は公開されており、録画も録音もされている。のちに脅迫による冤罪などを防ぐためだ。

 元々「自白班」に許されているのは、その名の通り「自白」のみだ。

 もし期日内に容疑者が自白し、罪を認めた場合、容疑者は「犯人」となり、「制裁班」に連行される。その後の流れは他と同じく、裁判所や弁護士、検察なども関わる事が出来る。

 『自白法』専用の部署があるのは警察だけでなく、裁判所や弁護士、検察も同じだ。秋羽の仕事は自白させ、「制裁班」に明け渡すまでであり、その後の流れは具体的には知らないが。

 ――だって興味ないし。

 『更生プログラム』も罪の重さによって内容が変わるため、『更生プログラム』そのものが未成年犯罪者にとっての「罰」に値する。

 裁判には当然刑事、民事も存在するが――それも『更生プログラム』の中での話のとなり、詳細は不明だ。

 『自白法』は未成年の犯罪者を確実に更生させ、罪を償わせるという意欲を感じるが、未成年に有利な法律である事に違いない。

 自白に失敗すれば、みすみす犯罪者を野に放つ事となる。それも、若い頃に「完全犯罪」に成功したという凶悪なモンスターを。


 ――赤西も桃太郎も手を貸してくれたんだ。確実に、落とす。


 一日目は空振りで終わったため、残るは本日を含めて六日と半日。それまでに、どうにか彼女の口から真実を聞き出さなくてはならない。

 今、秋羽の手元にある真実の欠片ピースは二つ。

 一つは彼女のアリバイ。犯行当時の決定的なアリバイはなく、また犯行現場に彼女の毛髪などが見つかっているため容疑者候補となった。そして、もう一つは茉莉と太郎が見つけてきた「姫崎四季」という新たなるキーワードだ。

 ――さて、ここからは俺の仕事だ。

「じゃあ、二回目の取り調べを始めるけど」

 秋羽がそう前置きをすると、明らかに警戒心のある視線が突き刺さった。まだ真実ほんとうの扉を開ける気配はない。

「秋山さん。単刀直入に聞くけど、あの三人の殺害は、君がやったの?」

「……」

 黙秘のようだ。

「あれから、俺達も色々と調べたんだけど……君達五人は、中学時代からの付き合いだったようだね」

「……!」

 五という単語に彼女が微かに反応を示した。

「四年ほど前だっけか? 中等部の校舎で、転落事故があったようだね。被害者の名前は、たしか……えーと、なんだっけかな? 思い出せないなぁ」

 勿論、嘘だ。

 彼女から真実を引きずり出すため、秋羽はあえて嘘をついた。

 ――赤西の調べでは、五人は仲が良かった。それなら……

「んー、出てきそうで、出てこないなぁ。最後に『ミ』がつくのは覚えているんだけど。『サトミ』? いや、『アサミ』……えっと……」

「四季」

 菊乃が絞り出すような声で言った。

 そこから彼女のほのかな「怒り」が感じられる。

 ――もっとかかると思ったが、案外早かったな。

 挑発に乗るようなタイプには見えない事を考えると、よっぽどその「四季」という少女が彼女の中で特別なのだろう。

「そうそう、四季ちゃん。たしか、事故で……」

「事故じゃない!」

 ばん、と椅子が倒れる音と共に、彼女は叫んだ。

 こちらを睨み付ける瞳の奥で透明な雫が光った。

 人の表情を「色」で表現する事がある。怒りは赤く、哀しみは青く――。そんなのただの比喩的表現だと普段なら思うが、今は違う。今、彼女の感情が鮮やかな色で秋羽の瞳には映っていた。

 こういう職業柄のせいか、稀に目の前にいる人間の感情が本当に「色」で見える時がある。そんな気がするだけで、本当にそう視えるわけでなく――太郎曰く「心境的視覚」らしい。

 そして今、秋羽の目には三つの色が見えている。怒りと哀しみ、そして――

「四季さんを……」

怒気を含んだ涙ぐんだ声で、彼女は言った。

「四季さんを殺したのは、貴方達じゃない!」

「……っ!?」


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