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第9話

「話を戻すが……被害者三人と容疑者の秋山菊乃、それから四季という少女は中学時代から一緒で、ずっと仲が良かったが、四季という子が中学の時に何らかの原因で死に、それから疎遠となった……」

 そう茉莉が話題を戻した。

「それで、四季という子の死因は何だったんだ?」

「……その前に、貴様らは俺様に何か言う事があるだろ」

 毛布を頭から被り、床に寝っ転がったまま、太郎が言った。

 先程同時に左右からビンタをくらったせいか、床でごろごろしながらそっぽを向いている。猫か。

「いいから、答えろ。蹴るぞ」

「白いの! 赤いのがいじめるぞ!」

 いや、俺にどうしろと。

「だから、赤西だ」

 お前も、そこつっこむのね。

 すかさず名前を訂正する茉莉に、秋羽は心の中だけでつっこんだ。

「とりあえず、桃太郎。ややこしくなるから、話を進めろ」

「それなら、ここだ」

 と、太郎が毛布の中からアイパッドを渡してきた。何この生き物。よく人間社会で生きてこられたな。

 秋羽はしぶしぶそれを拾い上げて画面の中を覗くと、過去の電子記事が表示されていた。

 今から四年前のようだが――

「白桜中学で、転落事故?」

「おい、白石。この被害生徒の名前って……」

「姫崎四季……!」


『私立白桜中学で、女子中学生が美術室の窓から転落する事故が起きた。五階の美術室から、突風により絵が外に出ていき、それを拾おうと身を乗り出した際に手を滑らせたものと見る。警察では、事件性がなく転落事故とし――』


「五階の窓から落ちたのが事故?」

「まあ、そう思うだろうな。俺様も、そう思ってかるーく調べてみたのだが……」

 と、相変わらず毛布の中から腕だけだしてアイパッドを渡してきた。一体何台持っているのだろう。

「その日の気候だ。メディアでは突風を強調付けていたが、実際突風など吹いていない。風も穏やかなもので……」

「じゃあ、事故っていうのは……」

「メディアを使った印象操作だ。実際、当時軽く噂になっていたが、遺書らしきものも見つかったらしい」

「それって、自殺って事か?」

「一人で美術室にいて、事件以外の理由があれば、逆に聞きたいくらいだ。加えて、その現場がクソ金持ちの家の子が集まる、クソカースト学校となれば、捏造なんて簡単だろうな。なんせ、警察、メディア関係者、全てが揃っているのだから」

 太郎はそう言った後、毛布の中からまた何かを取り出した。

「その転落事故の後だが、一人辞職した教師がいるようだな。美術の教師で、当時教室の管理をしていた教師だ。事故の責任を取らされたってわけでもなさそうだな」

「どういう意味だ? 辞職したって事は、責任取らされたって事じゃ……」

「教師自体を辞めているようだ。今はデザイナーとして活躍している」

 ――美術の教師がデザイナーに転職? 珍しい話ではない気がするけど……。

「そいつのデビュー作だが、赤ずきんをモチーフにしたデザインのもので、今回の事件現場に置かれていたシリーズと同一のものだ」

「赤ずきん……!」

 事件現場には、必ず赤ずきんのロゴの入ったリボンが置かれていた。

「だが、一つだけおかしな点がある」

「え?」

 太郎は毛布の中でモゾモゾと動きながら言う。

「そいつの作品は最初に出した赤ずきんのロゴのみだ。その後、何度も新作を出しているが、どれもヒットせず……まあ、所謂一発屋だな」

「え? でも、それって、別に珍しい話じゃ……」

「確かにな。だが、これを見ろ」

 と、さらに新しいアイパッドが毛布から出て来た。本当に何台持っているのだろうか。

「ん? これ、本当に同じ人物の作品か?」

 茉莉が秋羽の持つアイパッドの画面を見て首を傾げた。

「デザインそのものは、第一作の赤ずきんを真似て作った奴みたいに見えるな。なんか、ただのコピーっていうか……」

 秋羽もデザインやファッションに詳しくないため、はっきりと分からないが――素人目で見ても分かる程に、そのデザインは明らかに変わっていた。

 まるで違う人物が作ったように――

「一作目は二作目の劣化版って感じがするな。三作目にいたっては、なんかどっかで見た事あるような……これ、本当に同一人物が作ったのか?」

 同じ事を思ったのか、茉莉が問うた。

「ああ、それは何度も言われてきた事のようだぞ。一作目は誰かの盗作で、二作目以降からそいつ自身が作った作品じゃないかって」

 盗作した場合、途中で生み出せなくなる。自分で生み出したわけでないのだから当然だが。

 そういった事件は秋羽も何度も見てきたから分かる。

 盗作して有名になったが、その後の「本当の自分の作品」と比べた時、圧倒的な差が出てしまい、結果的に自分で自分の首を絞めてしまう。

 盗作自体が自分の可能性を潰す行為だ。

 ――もしかしたら今後もっと良い作品を生み出せたかもしれないのに、その未来を自分で潰してしまっている……愚かな行為だ。

「桃太郎、お前なら、これが盗作かどうかくらい、すぐ調べられるだろ」

「ああ、当然だ」

「なら……」

「さっきやった」

 秋羽の言葉を遮り、太郎が淡々とした口調で言った。

「え? さっき?」

「ああ、俺様の完璧かつパーフェクトな分析結果によると……」

 完璧かつパーフェクトって、結果パーフェクトって意味になるのでは――。

 そう思ったが、秋羽はそのツッコミを呑み込み、太郎の答えを待った。

「最初に出した、赤ずきんのロゴはそいつの作品ではない」

「それじゃあ……」

「違うぞ、赤いの」

 茉莉が言いかけるが、それを予測した太郎は茉莉が言う前に否定した。

「秋山菊乃の作品でもない。そして今までの被害者三人の作品とも違う。これは姫崎四季の作品だ」

「何で分かる?」

「本人から聞いたからな。ここまで好感度を上げるのに苦労した」

「本人? 好感度?」

 茉莉に問いに、太郎が毛布から何か出そうとするが――

「おい、やめろ。それだけは、やめておけ。赤西じゃ破壊どころじゃすまねえから」

 秋羽は毛布から出かけたノートパソコンを押し返し、太郎の元に戻した。

 「不謹慎だ! 潔く死ね!」と叫びながら室内で暴れる茉莉の姿が容易に想像出来たからだ。

「何故だ? 必要な事だろう?」

 茉莉が不思議そうに問うた。

「そ、それよりは今はこっちの事件だろ。自白法のせいで、時間だって限られるわけだし」

「うーん? まあ、それもそうだな」

 助かった。秋羽は何とか誤魔化す事が出来、ほっと胸を撫で下ろした。

「まとめると、中学の時に自殺した姫崎四季の作品を当時の美術教師が盗作した……しかし妙だな。中学の時なら軽く四年近く経過している事になるが、何故今更?」

 それは秋羽も思った事だ。

 もし当時の友人の復讐なら、時間が経ちすぎている。

 それに、仮に姫崎四季が盗作された事を苦に自殺したのなら、復讐相手は教師に向かう筈だが――何故、当時仲の良かった友人を?

「……駄目だ。やっぱり動機が分からない」

「だろうな。お前みたいな奴には、特に……」

「え?」

 項垂れていた秋羽は太郎の言葉に顔を上げた。

「そうだ、忘れる所だった」

「あ、おい!」

 太郎は秋羽から目を逸らすと、またモゾモゾと動き出した。

 ――今、はぐらかされた?

 秋羽がそんな事を考えていると、太郎はスマートホンを取り出した。

「赤いの。お前がさっき言っていた奴も復元しておいたぞ」

「だから赤西……さっきっていうと、SNSの事か?」

 訂正しながらも茉莉は黒いスマートホンを受け取り、画面を確認する。秋羽も隣から覗き込んだ。

「これイッテミターの画面か?」

 アカウント名はハル。アイコン画面は桃色の花のイラスト。

 なんの変哲もないSNSの画面に見えるが、アカウント名の隣には鍵のマークがついていた。

「おい、これ……鍵アカじゃねえか?」

 鍵がかけられたアカウント。つまり自分が承認しない限り、他者には見られないアカウントなのだが――

「そうだな」

「そうだなって……」

「ん? 何を驚いている。イッテミターの鍵マークは、開いていいよっていう意味だろ?」

「いや、でも、仮に開けられたとしても、不正ログインで……」

「あぁ解いた」

「解くって何!?」

「お前はさっきから何を大袈裟に驚いているんだ? このくらい、誰でも出来るだろ」

「いや、その……」

 当然のように言う太郎に、秋羽はもう言葉が出ず、そっと目を逸らした。

 ――こいつの前ではイッテミター開かないようにしよう。

 無駄な抵抗だと思いつつ、秋羽はそう心に誓った。

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