「話を戻すが……被害者三人と容疑者の秋山菊乃、それから四季という少女は中学時代から一緒で、ずっと仲が良かったが、四季という子が中学の時に何らかの原因で死に、それから疎遠となった……」
そう茉莉が話題を戻した。
「それで、四季という子の死因は何だったんだ?」
「……その前に、貴様らは俺様に何か言う事があるだろ」
毛布を頭から被り、床に寝っ転がったまま、太郎が言った。
先程同時に左右からビンタをくらったせいか、床でごろごろしながらそっぽを向いている。猫か。
「いいから、答えろ。蹴るぞ」
「白いの! 赤いのがいじめるぞ!」
いや、俺にどうしろと。
「だから、赤西だ」
お前も、そこつっこむのね。
すかさず名前を訂正する茉莉に、秋羽は心の中だけでつっこんだ。
「とりあえず、桃太郎。ややこしくなるから、話を進めろ」
「それなら、ここだ」
と、太郎が毛布の中からアイパッドを渡してきた。何この生き物。よく人間社会で生きてこられたな。
秋羽はしぶしぶそれを拾い上げて画面の中を覗くと、過去の電子記事が表示されていた。
今から四年前のようだが――
「白桜中学で、転落事故?」
「おい、白石。この被害生徒の名前って……」
「姫崎四季……!」
『私立白桜中学で、女子中学生が美術室の窓から転落する事故が起きた。五階の美術室から、突風により絵が外に出ていき、それを拾おうと身を乗り出した際に手を滑らせたものと見る。警察では、事件性がなく転落事故とし――』
「五階の窓から落ちたのが事故?」
「まあ、そう思うだろうな。俺様も、そう思ってかるーく調べてみたのだが……」
と、相変わらず毛布の中から腕だけだしてアイパッドを渡してきた。一体何台持っているのだろう。
「その日の気候だ。メディアでは突風を強調付けていたが、実際突風など吹いていない。風も穏やかなもので……」
「じゃあ、事故っていうのは……」
「メディアを使った印象操作だ。実際、当時軽く噂になっていたが、遺書らしきものも見つかったらしい」
「それって、自殺って事か?」
「一人で美術室にいて、事件以外の理由があれば、逆に聞きたいくらいだ。加えて、その現場がクソ金持ちの家の子が集まる、クソカースト学校となれば、捏造なんて簡単だろうな。なんせ、警察、メディア関係者、全てが揃っているのだから」
太郎はそう言った後、毛布の中からまた何かを取り出した。
「その転落事故の後だが、一人辞職した教師がいるようだな。美術の教師で、当時教室の管理をしていた教師だ。事故の責任を取らされたってわけでもなさそうだな」
「どういう意味だ? 辞職したって事は、責任取らされたって事じゃ……」
「教師自体を辞めているようだ。今はデザイナーとして活躍している」
――美術の教師がデザイナーに転職? 珍しい話ではない気がするけど……。
「そいつのデビュー作だが、赤ずきんをモチーフにしたデザインのもので、今回の事件現場に置かれていたシリーズと同一のものだ」
「赤ずきん……!」
事件現場には、必ず赤ずきんのロゴの入ったリボンが置かれていた。
「だが、一つだけおかしな点がある」
「え?」
太郎は毛布の中でモゾモゾと動きながら言う。
「そいつの作品は最初に出した赤ずきんのロゴのみだ。その後、何度も新作を出しているが、どれもヒットせず……まあ、所謂一発屋だな」
「え? でも、それって、別に珍しい話じゃ……」
「確かにな。だが、これを見ろ」
と、さらに新しいアイパッドが毛布から出て来た。本当に何台持っているのだろうか。
「ん? これ、本当に同じ人物の作品か?」
茉莉が秋羽の持つアイパッドの画面を見て首を傾げた。
「デザインそのものは、第一作の赤ずきんを真似て作った奴みたいに見えるな。なんか、ただのコピーっていうか……」
秋羽もデザインやファッションに詳しくないため、はっきりと分からないが――素人目で見ても分かる程に、そのデザインは明らかに変わっていた。
まるで違う人物が作ったように――
「一作目は二作目の劣化版って感じがするな。三作目にいたっては、なんかどっかで見た事あるような……これ、本当に同一人物が作ったのか?」
同じ事を思ったのか、茉莉が問うた。
「ああ、それは何度も言われてきた事のようだぞ。一作目は誰かの盗作で、二作目以降からそいつ自身が作った作品じゃないかって」
盗作した場合、途中で生み出せなくなる。自分で生み出したわけでないのだから当然だが。
そういった事件は秋羽も何度も見てきたから分かる。
盗作して有名になったが、その後の「本当の自分の作品」と比べた時、圧倒的な差が出てしまい、結果的に自分で自分の首を絞めてしまう。
盗作自体が自分の可能性を潰す行為だ。
――もしかしたら今後もっと良い作品を生み出せたかもしれないのに、その未来を自分で潰してしまっている……愚かな行為だ。
「桃太郎、お前なら、これが盗作かどうかくらい、すぐ調べられるだろ」
「ああ、当然だ」
「なら……」
「さっきやった」
秋羽の言葉を遮り、太郎が淡々とした口調で言った。
「え? さっき?」
「ああ、俺様の完璧かつパーフェクトな分析結果によると……」
完璧かつパーフェクトって、結果パーフェクトって意味になるのでは――。
そう思ったが、秋羽はそのツッコミを呑み込み、太郎の答えを待った。
「最初に出した、赤ずきんのロゴはそいつの作品ではない」
「それじゃあ……」
「違うぞ、赤いの」
茉莉が言いかけるが、それを予測した太郎は茉莉が言う前に否定した。
「秋山菊乃の作品でもない。そして今までの被害者三人の作品とも違う。これは姫崎四季の作品だ」
「何で分かる?」
「本人から聞いたからな。ここまで好感度を上げるのに苦労した」
「本人? 好感度?」
茉莉に問いに、太郎が毛布から何か出そうとするが――
「おい、やめろ。それだけは、やめておけ。赤西じゃ破壊どころじゃすまねえから」
秋羽は毛布から出かけたノートパソコンを押し返し、太郎の元に戻した。
「不謹慎だ! 潔く死ね!」と叫びながら室内で暴れる茉莉の姿が容易に想像出来たからだ。
「何故だ? 必要な事だろう?」
茉莉が不思議そうに問うた。
「そ、それよりは今はこっちの事件だろ。自白法のせいで、時間だって限られるわけだし」
「うーん? まあ、それもそうだな」
助かった。秋羽は何とか誤魔化す事が出来、ほっと胸を撫で下ろした。
「まとめると、中学の時に自殺した姫崎四季の作品を当時の美術教師が盗作した……しかし妙だな。中学の時なら軽く四年近く経過している事になるが、何故今更?」
それは秋羽も思った事だ。
もし当時の友人の復讐なら、時間が経ちすぎている。
それに、仮に姫崎四季が盗作された事を苦に自殺したのなら、復讐相手は教師に向かう筈だが――何故、当時仲の良かった友人を?
「……駄目だ。やっぱり動機が分からない」
「だろうな。お前みたいな奴には、特に……」
「え?」
項垂れていた秋羽は太郎の言葉に顔を上げた。
「そうだ、忘れる所だった」
「あ、おい!」
太郎は秋羽から目を逸らすと、またモゾモゾと動き出した。
――今、はぐらかされた?
秋羽がそんな事を考えていると、太郎はスマートホンを取り出した。
「赤いの。お前がさっき言っていた奴も復元しておいたぞ」
「だから赤西……さっきっていうと、SNSの事か?」
訂正しながらも茉莉は黒いスマートホンを受け取り、画面を確認する。秋羽も隣から覗き込んだ。
「これイッテミターの画面か?」
アカウント名はハル。アイコン画面は桃色の花のイラスト。
なんの変哲もないSNSの画面に見えるが、アカウント名の隣には鍵のマークがついていた。
「おい、これ……鍵アカじゃねえか?」
鍵がかけられたアカウント。つまり自分が承認しない限り、他者には見られないアカウントなのだが――
「そうだな」
「そうだなって……」
「ん? 何を驚いている。イッテミターの鍵マークは、開いていいよっていう意味だろ?」
「いや、でも、仮に開けられたとしても、不正ログインで……」
「あぁ解いた」
「解くって何!?」
「お前はさっきから何を大袈裟に驚いているんだ? このくらい、誰でも出来るだろ」
「いや、その……」
当然のように言う太郎に、秋羽はもう言葉が出ず、そっと目を逸らした。
――こいつの前ではイッテミター開かないようにしよう。
無駄な抵抗だと思いつつ、秋羽はそう心に誓った。