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第7話

 事件始動から翌日。取り調べ終了まで六日と約半日。

 白石秋羽が取調べを行っている頃。

 赤西茉莉は、高校の校舎を見上げていた。

 高校の卒業生がデザインしたらしい建物は近代的なデザインで人の目を惹きながらも、歴史ある学校の伝統を保っている。

 美術に疎い茉莉でも、そのデザインが画期的な事が分かった。

「さて、ここがそうか」

 茉莉は、校門の前に佇みながら言うと、隣の緑区正義が大きく頷いた。

「事件の被害者達が通っていた学園ですね。いいなぁ女子高……秘密の花園って感じで!  あー、俺もここで教師やって、生で若くてきっついJKに踏まれたい」

「……」

「あれ? どうしました、先輩。いつもなら、きついの一発くださるのに。嫉妬しなくても、俺が一番踏まれたいのは先輩だけッスよ」

「いいや、ただ……私はお前とは真逆な事を思っただけだ」

「逆?」

「私には、楽園というより鳥籠に見えたからな。外敵が守られるのは安全かも知れないが、もし籠の中に敵が潜んでいたら……って思うと。閉ざされた世界っていうのは、おっかないよ。逃げ場がないって事だからな。それと……」

 そこで茉莉は、正義を見て言った。

「お前はいっぺん死んで、人類に転生してから出直して来い」



「お時間を取って頂き、感謝いたします」

 茉莉と正義は、案内された応接室で、形だけの挨拶を交わした。

 連続して生徒が三人殺害の上、学校の敷地内で遺体が発見されたため、保護者や生徒のケアなどで、手一杯なのか、警察関係者への対応として現れたのは、二年生――ちょうど被害者の女子生徒達の学年主任のみだった。

「自分は、学年主任の小長井こながいです」

一度も視線を合わせず、女性教師は言った。

 年齢は四十前半くらい。背丈が高く、体型がしっかりしている。周囲をまとう刺々しい空気のせいか、冷たい印象が強い。

 ――まあ、その点は私も他人の事言えた義理ではないが。

「刑事課の赤西茉莉と、部下の……」

正義まさよしです! 正義って書いてまさよしです」

 場違いに明るい彼の挨拶に、両者に何とも言えない空気が流れた。その事を唯一気付いていない正義は警戒心のない顔で小長井に笑顔を向ける。

 対する小長井は、明らかに小馬鹿にした態度で溜め息を吐いた。

「それで、一連の事件についてですが……」

「我々に聞かれても、困ります」

「は?」

「ですから、そんな事、我々に聞かれても困ると言ったのです。うちの生徒が立て続けに、あんな殺され方して……他の生徒達のケアもしなくちゃいけないっていうのに。早く犯人を捕まえてください」

「無論そのつもりですが、被害生徒について、何か変わった事とか……」

「さあ? 知りませんよ、そんな事。そういうのを調べるのも、貴方がたの仕事でしょう。ともかく、学校に来られてもお答え出来ません」

 おかしい。

 最初は、ただ学校側に好奇の目が向けられるのかが嫌なのかと思った。今までも、そういった人はたくさん見てきた。学校や会社などで事件が起きた時、そこに属していた人間が被害或いは加害者になった時、たとえそれが本人の意思に関係しないアクシデントだったとしても、社会の視線は集まる。

 しかし、この人は違う。

 本気で、本当に、被害生徒は自分には関係ないと思っている。

 或いは、関係しているがゆえに、近付けさせないように扉を閉めているか。

 ――この学校、何かがある。

 刑事の勘がそうしているのか、茉莉は直感的にそう思った。

「では、もう一つよろしいでしょうか? 秋山菊乃についてです」

「……」

 小長井は、無表情な目で茉莉を見つめた。

「公にはされていませんが、ご連絡申し上げたように、容疑者として上がっているのは、秋山菊乃。こちらの生徒です」

「いえ、ですから……」

「関係ないわけないですよね。おたくの生徒なんですから」

「……はぁ」

 分かりやすい態度で、小長井は鬱陶しそうに溜め息を吐いた。

「秋山菊乃、ですか」

 彼女は、あらかじめ用意していたのか、クリアファイルから書類を取り出した。

「成績は、まあ並程度ですね。平均よりやや下あたりで……特に、目立った才はないようですが」

「ちょっと待ってください」

 正義が口を挟んだ。

「そうじゃなくて、自分達が聞いているのは、交友関係とか、普段の生活態度とかで」

「知りませんよ、そんなもの」

 と、小長井は彼女の成績が記された書類を机の上に置いた。

「学校だから、先生だから、と何かと色々聞いてきますが、そこまで面倒は見きれませんよ。我々は、授業を通じて、必要な事を教えるだけです。人格や素行の問題は家庭でしょ」

「でも……」

 と、正義が言いかけた所で、茉莉は彼の肩を掴み、視線で「黙っていろ」と告げる。

「ええ、よく分かりますよ、先生。生徒が問題を起こした所で、その学校が非難される覚えはないでしょう。実際、学校で過ごす時間と家で過ごす時間なら、家で過ごす時間の方が多い。学校だけが、非難の対象にはならないでしょう。ただ……それでも、教え導く立場の貴女がそれを口にしたら、しまいだろ」

「……っ」

 小長井は、それ以上何も言わなかった。

「先生、一つだけお答えください。分からないのならば、そう仰ってくださって結構です。他を当たりますので」

 些か自分でも意地悪だなと思う前置きをしながら、茉莉は問うた。

「秋山菊乃は、どんな生徒だったんですか? 学校の外ではなく、学校の中では。成績表に書かれている数字ではなく、一人の少女として……どんな人間だったんですか」

「交友関係は深くは知りませんが……あの子の裕福な家庭でないから、この学校では苦労はしていたと思います」

 既に彼女の中では秋山菊乃は「過去の生徒」のような言い草だ。

 その事に言いたい事はあったが、茉莉はそれを耐え――会話を続ける。

「苦労というと?」

「私立の女子高となれば、経済的に余裕のある家の子が集まります。だけど、その生徒はそうじゃない。そういう生徒は、嫌でも目立ちます」

 学内カーストまでとはいかないが、確かにそういう経験は茉莉にもある。

 身に着ける物が全てブランド品の生徒と、そうでない地味で質素な生徒。本人にその気がなくても悪目立ちする事はあるだろう。

 ――となると、原因はいじめか? いじめの復讐で同級生を……

 いや、まだ確定ではない。決めつけは、真実への道を遠ざける。

 しっかりと見極めないと。

 ――でないと、またアイツと差が開いてしまうからな。

 茉莉は脳裏に、やる気がなさそうな男の顔を思い出し、小さく拳を握った。


      *


「なんだが、冷たい人でしたね」

 生徒の好奇な視線を浴びながら帰る途中。

 誰に聞かれるかも分からない中、正義が言った。

「自分の生徒が立て続けに三人も犠牲になっているのに、なんか他人事って感じで……最近の教師って、ドライッスね」

「あの人だけが教師なわけではあるまい。そう決めつけるな。だが……」

 確かに妙だな。不自然な程に無関心で――。

「あのー」

 廊下を二人並んで歩いていた時、後ろから声をかけられて振り返ると、いつの間にか女子高生の大群が立っていた。


「お兄さん、刑事さんってマ!? 拳銃とかあんの?」「警察手帳みせて」「ねえ、彼女とかいんの?」


 あっという間に囲まれ、質問攻めにあった。正義が。

「え、あの、ちょっ、そこはダメ……やめて!」

 女子高生にもみくちゃにされて、彼が小さく悲鳴を上げていた。

 お前、それでも刑事か。

「……ん?」

 その時、正義の周りに群がる女子高生達とは逆に、物陰に隠れた影が見えた。

 ――なんだ?

 気になった茉莉は正義を置いて、物陰――ちょうど廊下の曲がり角へ向かった。


「ねえ、私、十万って言ったよね?」

「だけど、この間、渡したばっかりだし」

「はあ? 五千円じゃ足りるわけないじゃん。いいから明日、絶対、持ってきてよね」


 ――はい、恐喝確定。補導案件。


 茉莉が見ているとは知らず、金髪の女子生徒二人は黒髪の地味目の女子生徒を左右から囲む。

「おい、お前らっ……」

 茉莉が声をかけようとした時。

 隣を、明るい風が吹いた――

「あれれ? どうしたんスか?」

 先程まで女子高生の群れにもみくちゃにされていたと思えない爽やかな笑顔で、正義は恐喝している二人組に近づく。

 ――こいつ、顔はいいからな。

 若くて爽やかな大人のお兄さん。

 女子高生から見ればそう見えるのだろう。恐喝していた二人組は、同時にポッと頬を紅く染めた。

「いえ、私達は、その……友達と……」

「友達? 友達なんスね!」

 正義は笑顔で頷くと、チラリと黒髪の女子高生を見る。

「でも、何だか、すごい具合悪そう……大丈夫ッスか?」

「あ、はい……」

 急に話しかけられ、黒髪の女子高生も恥ずかしそうに頬を紅く染めながら視線を逸らした。

「それならいいッスけど。何か悩み事があるなら、いつでも相談しにきていいッスよ。俺達、警察なんで」

 その言葉に、金髪の二人組は固まった。

「さっきの、ちょっと聞こえちゃったんスけど……君達、そんなにお金に困っているんスか?」

「え!? いえ、その……」

「お金は貸せないッスけど、相談になら乗るッスよ」

 ニコッと効果音がつきそうな程に爽やかな笑顔で正義は二人組を見た。

 その瞬間、二人組は眩しい物でも見るように露骨に視線を逸らした。

「今は少子化の時代で、『自白法』を中心に、子供の未来を考えた制度がたくさんあるッス。俺は詳しくないけど、行政の方なら、援助してくれる制度が……」

「あ、いえ、結構です!」

「ほんと、大丈夫ですから!」

 二人組は徐々に後ろに下がるが、対する正義は心配そうな顔で二人組に近づく。

「本当ッスか? 無理せず、困った時は相談してくださいね? 友達にお金借りるなんて、相当やばい時だと思いますし。ね?」

「……っ」

 無自覚だろうが、二人組の心は今ので確実に折れただろう。

 二人組は居たたまれなくなったのか、駆け足で逃げ出した。

「あれ? 行っちゃった……どうかしたんスかね?」

 無自覚なのか計算なのか、正義はキョトンとした顔で二人組を見送る。

「お前……色々とすごいな」

「え? 何スか、藪から棒に……ありがとうございます」

 と、正義は何故か不満そうに言った。どうして不満そうだったかは考えないでおこう。



 恐喝を無事(?)解決したはいいが無用な注目を浴びてしまったため(主に正義のせいで)、茉莉は早々に立ち去ろうとした。

 が、その時、黒髪の少女が茉莉の袖を掴んだ。

「あ、あの」

「なんだ? 恐喝の然るべき対処法が必要なら教えてほしいのか? まず相手の足を払い、気道を……」

「いえ、そうじゃなくて……」

 黒髪の少女は周囲を気にするように視線をさ迷わせるが――やがて覚悟を決めたように、茉莉を見上げて言った。

「菊乃ちゃんの事を、調べているんですよね」

「!」

 茉莉が目を見開くと、黒髪の少女はやはり何かに怯えた様子でこう告げた。

「私でよければお話しします。あの四人の関係について」


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