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第6話

       三


 四月三日、午前十時。

 自白担当:白石秋羽しらいしあきば。容疑者:秋山菊乃あきやまきくの


「それでは、『自白班』により、未成年者の取り調べを開始する。なお、取り調べを開始してから、七日を期限とし、期間内に自白しなかった場合、容疑者を無罪とし、今後、同事件で名前等の個人情報が公開されない事を約束する。ただし『自白法』が適用されるのは刑事裁判のみで、民事で罪を問われる場合はある」

 密室の取調室。

 電球と、二人分の机と椅子。そして入り口付近に記録をとるためのパソコンデスクが一台。その質素な部屋で、白石秋羽は、取り調べの開始を宣告した。


 未成年の取り調べを行う時、原則として第三者が見ている前で宣言をする必要がある。

 最初の取り調べを行った時点から約七日を期限とし、その期間内に容疑者が自白しなかった場合、七日以降に決定的な証拠が出ようとも、もうその事件で裁けなくなるのだ。

 そのため、期限を確認するためにも、宣言をする必要がある。

 未成年の取調室は、他の部屋とは少し違い、全ての記録が録音、録画される。早い話、警察が威圧的な態度で未成年を脅迫し、虚偽の自白をさせないため、見張っているわけだ。

 ――たしか、自白法が出来たきっかけも、進行した少子化問題からとかだった気がする。

 正確には覚えていないが、世間が未成年者は守るべきものと過度に騒いだのがきっかけだった気がする。

 取り調べ期間である七日間は録画画像を外に出す事は出来ないが、取り調べを終えた後ならば保護者が閲覧する事も可能だ。初夏が相手の場合、容疑者の未成年が外部の閲覧を拒否するため、外部に漏れる事はないが。逆に「その動画ください」とまで言われる。理由はお察しください。

 そして「未成年の精神に過度のストレスを与えた」などを理由に、取り調べ終了時点で、警察側が裁かれる場合もあるわけもあり――


 ――やはり不平等だ。


「それじゃあ、取り調べを開始します。俺は『自白班』の白石秋羽。今後、君への捜査は俺をはさむ事になるけど……了承してくれるかな?」

 と、秋羽がなるべく警戒されないように言うと――

「笑顔が胡散臭い」

 一蹴された。

「とりあえず、自己紹介? すればいいんですか」

 どこか見下した態度で、彼女――秋山菊乃は言う。ビンタしたい。

「ま、おたくがとっくに調べていると思いますが、私は秋山菊乃。白桜高校二年。委員会は、クラスの連中に押し付けられて、園芸委員会に所属。家は町工場。それから……」

「あ、もういいよ、ありがとう」

「はっ……」

 今度は鼻で笑われた。頭突きしたい。

「『鮮血ずきんちゃん』事件は、知っているね?」

「ええ、ネットで話題になってますからね」

「被害者は、全員、君と同じ白高の生徒で、同級生。彼女達の事は知ってる?」

「……同じ学校なんですから、知っていて当たり前だと思いますけど」

 言い方に棘がある。

 ――大人に不信感でもあるのか?

 彼女の態度は、反抗心というより、自分の身を護るための棘のついた盾のように感じる。

「いちいち答えるの面倒なんで、先に言っときますけど、三件とも、私には“アリバイがない”。その時間帯は自宅で勉強してましたが、親は工場にいたため、私が部屋にいた事を証言する者はいない。まあ、そもそも家族の証言はアリバイになりませんけど。そうでしょう?」

「……よく知っているね」

 つまりアリバイはなく、彼女自身それを隠す気もないようだ。

 そのへんは桃瀬の資料にも記載されていたが、まだ気がかりな事がある。

「三件目の現場で、君の指紋と毛髪が見つかった。君は、どうして現場に?」

「興味本意?」

 冷笑と共に彼女は言った。ぶん殴りたい。

「いや、俺が訊いてるのは、どうして事件後に、現場に行ったかって事なんだけど」

「え? あ、そりゃ……だから、興味本位?」

 欠片が、一つ零れた。


 「真実」はいわば大きなパズルだ。


 答えに辿り着くためには、外側からパズルのピースを一個ずつ埋めていかなければならない。それが証拠にしろ、動機にしろ――外側の真実を埋めて、初めて真ん中にある答えに辿り着く。そして今、彼女は無意識だろうが、パズルのピースを一つ埋めた。

 ほんの一瞬だが、彼女は動揺した。

「へぇ、興味本位ね……」

「……っ」

 秋羽の目の色が変わった事が、彼女にも伝わったようで、先程まで小馬鹿にした態度だった彼女の顔に分かりやすい動揺が見えた。

「興味本位というが……なら、何故見つけた時に通報しなかったんだ?」

「え……」

「君が事件現場に行ったのは、確かに、事件が発生した後だ。死亡推定時刻から推測するに、被害者が死んだ時に、確かに君は現場にはいなかった」

太郎は人格はともかく優秀だ。毛髪や指紋から、何日前についた痕跡かが分かる。そして彼の出したデータによると、確かに彼女は、事件当時は現場にいなかった。彼女の供述通り、自室で勉強していたのだろう。

 そして彼女が事件現場に訪れたのは、おそらく翌朝であり――

「事件現場に訪れておきながら、君は通報しなかった。事件の通報者は別にいる。君が訪れた後に、その現場で被害者を見つけた人だ」

 一件目は、河川敷。二件目は、地下ライブハウス。三件目は、学校の体育館倉庫。

 どれも、通報者は犬の散歩途中のおじさんだったり、清掃係だったり、朝稽古にきた運動部の部員達。

「君がどういう目的で事件現場を訪れたのかは知らねえが、あれだけ猟奇的な殺害現場に遭遇して、何もせずに帰ってくるのは少しおかしくないか?」

「それは、その……」

 落ちる。堕ちる。「真実」の欠片が、静かに――。

「興味本位で事件現場にいったが、遺体を見つけて、放置した。それが、君の語る真実か?」

 一瞬のスキを見逃さず、秋羽はさらに追求する。

「現場に行った後、君は普通に登校していたね? それは何故だ? 普通は通報しないか? 通報以前に、これじゃあ、まるで君は事件が起きる事を知っていたみたいじゃないか」

 たった一つの欠片から、動揺が全身に広がった彼女は上手く反論出来ずに俯き始めた。

 と、その時――


 ”ジリリリリリリリリリリリリ”


 唐突にけたたましいサイレンが鳴った。

 目覚ましのアラーム音に似たそれは、全員の注意を集めた。

「あー、時間切れみたいですね」

 既に瞳に小生意気な生気を取り戻した菊乃は嘲笑うように、秋羽を見た。

「知ってますよ。『自白法』による取り調べは、未成年側から申請があった場合、申請された時間内でしか出来ない」

「お前……」

「ええ、初日は一時間のみってあらかじめ申請しておいたんです」

 『自白法』では、未成年者が取り調べに同意した際、一日の取り調べ時間を申請する事が出来る。また申請出来るのは、当事者か、その保護者のみ。

 大体の未成年者はそのへんは気にせず、とっとと済ませようと、取り調べに関する注意事項にもロクに目を通さず、サインしてしまうのだが――

「じゃあね、刑事さん。私、バカではないから。そのへん、よろしくー」

 と、軽く手を振って、取り調べ室から出て行った。

 それを見送りながら、白石は背もたれに全体重をかけて倒れ込む。

「はははっ、まさか俺が言い負かされるとはな。JK、なめてたわ」

 秋羽が軽くネクタイを緩めると、首にかけていたペンダントがワイシャツの外に零れ落ちた。

 金色のロザリオ。それを額に当てると、神に祈りを捧げるように、秋羽は言う。

「大丈夫、分かっている。あの子は、嘘をついている。それが誰のための嘘だろうと、俺が必ず、真実を引きずり出す。嘘で染めた真っ赤な頭巾を破って、本当の顔を拝んでやるよ……なあ、赤ずきんちゃん?」


       *


 秋山菊乃は、取り調べを終えると、逃げ出すように署から出た。

 ――いいや、逃げたんだ、私は……。

 あのまま尋問を受けていたら、うっかり「本当」を引きずり出されそうだった。あの男――白石秋羽は。

 あの男はどこかおかしい、と菊乃は思った。

 それは尋問した刑事だからではない。最初から、あの男はどこか違和感がある。

 笑っているが、笑っていない。自分を見ているのに、どこか遠くを見ているようで――得体の知れない何かを感じた。

「エリカ……」

 ふと、菊乃は河川敷の前で立ち止まる。

 普段は誰も近付かない、人気のない河川敷。たまに犬の散歩やランニング中の人が通りかかる程度。そして、今はそれすらない。黄色と黒のテープが貼られ、警察に完全に隔離されているため、誰も近付く事すら出来ない。

 既にネットで情報が公開されており、菊乃も多少の事情は把握している。

 ――ここで、エリカは死んだ。

 事件現場には、被害者の血で描かれた花がある。

「分かっている。私も、必ずやり遂げてみせる。だから、もう少し、待っていて。すぐ、行くから」


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