「もう一度事件の詳細について説明しておくが、被害者は全員、同じ学校の女子高生だ」
事務的な口調で彼女――赤西茉莉はいう。
場所は警察内の廊下。
その先頭を茉莉、数歩遅れてから彼女の後輩の正義と、『自白班』の秋羽が歩く。
「事件現場には、毎回赤ずきんのロゴの入ったリボンが添えるように置かれていた。意味もなく置くとは思えん。私達は、あの四人の関係を調べる。お前は、せいぜい……」
「自白させればいいんだろ?」
「……分かっているなら、いい」
ぷいっと拗ねた子供のように茉莉はそっぽを向く。
秋羽は調査書を脇に抱えると、軽く手を振って彼女達と別れるつもりで背を向けた。
「白石……」
去り際に、秋羽の背中に茉莉が声をかけた。
「お前はツメが甘い。今回の事件は世間からも注目され、かなりでかい。確実に自白させろよ」
「言われるまでもねえ。が、一つ訂正だ」
「ん?」
「事件に、でかいも小さいもねえ。この世界は不平等だが……真実だけは常に平等だ。事件の規模を見ていると、いつか真実に足下掬われるぞ」
「そ、そんな事! お前に言われなくたって!」
「じゃあな、刑事課どの。俺は俺のやるべき事を、お前はお前のやるべき事をやるのみ……だろ?」
「だから! そんな事、お前に言われるまでも……!」
茉莉が叫んだ時、既に秋羽は曲がり角を曲がった後であり、誰もいない廊下に茉莉の怒鳴り声だけが残った。
「先輩、もう行っちゃったみたいッスよ」
「分かっとるわ!」
茉莉がハイヒールで正義の足を勢いよく踏みつける。
「痛いッス! 理不尽ッス! 何でそこでご褒美を!」
「はあ? お前はまた意味の分からない事を……」
茉莉は正義を一瞥した後、秋羽が向かった先とは別の方向に向かう。
「まあ、いい、行くぞ」
「はいッス!」
*
「科学捜査班(黒)」
そう書かれた部屋の前で、秋羽は深く溜め息を吐いた。
――証拠が欲しいとはいえ、コイツに頼るのはなぁ……。
「まあ、これも仕事だ。仕方ねえ」
そう自分に言い聞かせた後、秋羽は遠慮がちに扉を開き――
「動くな。少しでも妙な真似をしてみろ。即座に撃ち殺す」
扉を開いた瞬間――こめかみに銃口を突きつけられる。思わず両手を上げると――
「何だ、お前か、白いの」
「白石だ」
相手が銃口を下ろしてくれたため、秋羽は両手を下ろす。
「まったく、俺様の敷地に勝手に侵入するからだ。他人の領土を侵した者は、正しき裁きを受ける。常識だ」
「そうか、なら教えてやろう。ここはお前の領土でなく、警察の所有物だ。勝手に私物化するな」
科学捜査班。そう聞くと、ドラマで見るような白衣を着た捜査員が指紋や毛髪などから科学的に証拠を調査しているように思えるかも知れないが、ここは違う。
何故なら、ここは「科学捜査班」ではなく「科学捜査班(黒)」であるから。
「まったく……これだからモブは。神に選ばれ、悪魔に祝福を受けた、我が領域を侵す事がどれだけ罪深いかも理解しないとは……愚かにも程がある」
白衣ではなく黒衣を纏った、一見少年に見えなくもない青年。
極端に伸びた前髪に隠れた左目、その下には謎のマークのついた眼帯。
両手は黒い包帯が肘まで伸び、首元には髑髏のチョーカー。
「相変わらずだな、桃太郎」
「否! 我が名は、漆黒の猛者! ダーク・イレブン! 太郎なんて名前は、知らぬ、存ぜぬ!」
と、彼――桃太郎こと
桃瀬太郎はこれでも秋羽と同期であり同い歳である。元々童顔であり、年下に見られがちだが、その理由は顔ではなく、彼の独特なファッションのせいだろう。
見ての通り、彼は思春期だ。成人だけど。
簡単にいえば、不思議な能力などの妄想に取り憑かれた成人男性である。中学時代にそういう病にかかる者はいるが、大体が成長と共に夢から醒めるように完治し、「黒歴史」として封印するものだが。
――年々悪化している気がする。
ただし科学捜査班の能力としては優秀であり、短時間で自作したAIを用いて犯人を絞り出す事も可能だ。
能力自体は彼一人で科学捜査員十人分の働きをするため、署としても惜しい人材であり、彼の存在を隠すように、特別に部屋を与えているのだが――
「相変わらず、悪趣味だな」
部屋全体は悪魔の召喚儀式でも行うような謎の文様(魔方陣?)でコーディネートされ、複数あるパソコン画面には髑髏や謎のマークがデスクトップに表示されている。
――本当に、こいつ頭いいんだけど、バカなんだよな。
「どこが悪趣味だ! 最高にクールだろ」
「あ、うん、分かった、分かった。ところで……」
「鮮血ずきんちゃん、か」
唐突に、彼の目つきが変わった。
「また随分と穴だらけな計画だな。俺様ならもっと……」
「もう割り出したのか?」
「当然だ。我が使い魔の力を用いれば……」
つまり、自作したAIで犯人の特徴を割り出した、という事か。
「たしか、お前の作ったAIって、被害者の情報を入力するだけで、犯人の目星がつくんだったんだよな」
「いかにも! だが時代は進化する! そして、もっともーと進化しているのは我ら! まだ試験型だが、犯行動機や犯行手順なども……」
「マジ!? ちょっと見せろ」
「あっ……」
得意げに語る彼から半ば強引にノートパソコンを取り上げて画面を覗き込むと――
「おい、これ……」
ノートパソコンに映し出されたのは、ゲーム画面だった。
そして、そこに映っているのは、所謂二次元美少女であり、好感度ゲージまで用意されていた。
「なに、これ?」
「被害者のデータを元に生み出したAIガールだ。好感度を上げれば上げるほど、事件に関するヒントを教えてくれるようになり、めでたく好感度マックスになると、犯人の名前を……」
「悪趣味すぎるわ!」
怒りのあまりノートパソコンを地面に叩き付ける。
「ローズマリー! 俺の最愛の使い魔あああああああああああ」
――ちょっとやりすぎたかな。
「おい、桃太郎……」
「待ってろ、すぐに回復魔法で、復活させてやるからな」
「ノートパソコンも自作だったのか……」
太郎は手術室のオペ台のような物の上にノートパソコンをのせると、謎の呪文を唱えながら、工具で解体し始めた。魔法なのか、科学なのか。
「俺様はノーズたんの復活儀式に入る。ローズたんを傷物にしたお前なんか、もう遊んでやらねえからな。ばーか、ばーか」
「子供か」
――まあ、俺も悪かったけど。
「それから、『鮮血ずきんちゃん』事件の資料なら、冥界エリアにある。好きにもってけ」
「冥界エリアって……あ、本棚ね」
たくさんの資料が並ぶ中、「鮮血ずきんちゃん」と書かれたファイルを見つけた。確かに詳細なデータが全て書かれているようだが――
「白いの。一つ言っておく。今回の事件、仕組みは単純だ。サルなみの浅知恵と言ってもいい。だが……事件そのものは、複雑だ。せいぜい気をつけろ」
「ああ、心得ておくよ」
と、秋羽は踵を返し――
「それから、ノーズたんが復活したら、ノーズたんの足にキスをして、ちゃんと詫びろよ!」
がたん
と、扉をきつく閉めた。
――なんか喚いているような気がしたけど、いっか。
秋羽は入手した資料を流し読みながら移動する。そして、あるページに行き着くと歩みを止めた。
「なるほど……確かに、単純だけど、複雑だな」
*
四月二日、午後三時。
『鮮血ずきんちゃん事件』始動――。
被害者、現段階で三名。容疑者、一名。共に、未成年者。
『自白法』によるタイムリミットまで、残り七日と数時間。
*