「赤西……」
短髪の細身の女性。長い手足に、引き締まった腹筋。所謂スポーツ体系の彼女は、刑事課で積極的に現場を走り回る実力派女刑事である。そして、ここ『自白班』の常連でもある。
刑事課は基本的にプライドが高い連中が多く、『自白班』を下に見ているせいもあり、容疑者が未成年だとしても、ここに積極的に依頼する事はない。しかし法律上仕方なく依頼に来る。そのため、本来ここへ訪れる筈の現場の指揮官役やチームリーダーが自ら訪れる事はなく、代わりに部下や新人にその役を押し付けている。
それを薄々感じているのか、彼女 ̄―赤西茉莉は、明らかに不機嫌そうに秋羽を睨む。
 ̄―ああ、またこのパターンか。
茉莉は一方的に秋羽をライバル視している。それは今に始まった事ではなく、警察学校時代から続いており、卒業後すぐに『自白班』に配属された秋羽は他の同期と滅多に会う事がなく、異色な部署に配属された同期をからかいに来る程度だ。『自白班』など世間一般から見れば簡単な仕事を専門としている部署など、実力派主義な警察内部では軽視されがちである。しかし、何故か茉莉だけは馬鹿にするどころかライバル視しており、未成年の聴取でもたまに口を出し、「私の方がもっと上手くやれた」と負け惜しみのような言葉を吐く事もしばしばある。
そのため、秋羽は茉莉が苦手である。
秋羽を一度睨みつけた茉莉は、少しの間の後、茶円班長に向き直る。
彼女の視線から何かを悟った茶円班長は、「なるほど」と頷いた。
「連続猟奇殺人事件。あれの容疑者が、まさか未成年だとは……」
連続猟奇殺人事件 ̄―通称『鮮血ずきんちゃん事件』はここ最近近所を騒がせている、連続殺人の事だ。
数週間前から、近所の女子高に通う生徒が遺体で発見されるという事件が立て続けに三件起きている。事件現場には必ず赤ずきんのロゴの入ったリボンが置かれている。そこから連想されたのか、ネットでは犯人を「鮮血ずきんちゃん」と呼んでいる。
「とりあえず情報がいります。詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
そう秋羽がソファを薦めると、茉莉は分かりやすく舌打ちをした。
――こいつ、どんだけ俺の事嫌いなんだろう。
「あらあら、今日はいつになくご機嫌ななめだね」
その時、秋羽の後ろから初夏が秋羽の肩の下から顔を覗かせた。
「黄崎さん……」
「はろー、アカちゃん。女の子はスマイルだよ」
「その呼び名、いい加減にやめてもらいませんか? それから……」
と、ちらりと、茉莉は一度秋羽を睨み付けた後、初夏に視線を戻す。
「『自白班』は随分となれ合いがお好きなようで……」
「ちがっ!」
「うん、『自白班』は仲良しなのー」
茉莉の軽蔑しきった視線に、秋羽は否定しようとするが、それを初夏が無邪気な笑顔と共に邪魔をした。邪悪だ。
「アキ君も、いつも初夏お姉ちゃんって甘えてくれて……きゃっ、い、言っちゃった」
「へぇ、そうですか。死ぬほど、どうでもいい情報をありがとうございます。しかし、ここが職場であるという自覚を持って、行動してほしいものですね」
「やだぁ、アカちゃん嫉妬ぉ? いけないんだー、女の嫉妬は見苦しいぞ」
「だから、誰がアカちゃんですか! もう返事しませんからね!」
今にも掴みかかりそうな茉莉と、それを笑顔でかわす初夏。
その間に、不本意ながらも入ってしまった秋羽は、助けを求めるように茶園を見るが――遠い目をしたまま視線を逸らされた。
しばらくして、女の戦いが収まった(?)ため、『自白班』のソファに、秋羽と茉莉が向かい合って座る。その時、秋羽の隣にちゃっかり初夏が座っているため、茉莉の眼光がさらに鋭いものになった。
「あ、赤西君。とりあえず、状況を説明してくれると……」
おそるおそる茶園が言うと、茉莉はハッと我に返り、話を進めた。
――茶園班長、一生ついていきます。
「被害者は、全員が私立
そう前置きをしてから、茉莉は続ける。
「まず一件目の被害者は、
「うっわ、殺した後にさらに殺すって……最近の高校生マジ怖っ」
初夏が呟いた。その時、秋羽の腕に胸が当たった。いつもの事だ。
「連続って事は、他の二件も同じ手口だったって事か?」
「まあな」
秋羽にそう返した後、茉莉は手帳を開きながらいう。
「二件目の被害者は、同じく白高の二年二組の
「うっ……」
会話を聞いただけで気持ち悪くなり、思わず秋羽は口元を覆う。それを無様と嘲笑うように、茉莉は止める事なく続ける。
「そして、三件目。二年一組の
「春、夏、冬……となると次の被害者は秋?」
スマホをいじりながら初夏が言った。おそらくネットニュースを確認しているのだろう。
「秋ってなると……」
「え? 俺!?」
何故か、全員の視線が一斉に注がれた。冗談にしてはタチが悪いぞ、大人達。
「逆だ」
対する茉莉だけは茶化しには参加せず、厳しい顔つきのまま告げた。
「というと…‥」
「ああ。この事件の容疑者は、
「根拠は?」
「事件前後のアリバイがないのと、少し前から四人で何やら怪しげな動きをしていた、という目撃情報もあった。また、事件現場には彼女のものと思われる毛髪や指紋が検出されている。といっても、三件目の現場のみだがな」
 ̄―ビンゴ。
アリバイがなく、事件現場に決定的な証拠があるとなると、言い逃れは出来ない。
普通の事件なら、容疑者確定だが――
「本人に話は?」
「詳しい事情を聞くため、明日任意でいらっしゃってくださるとさ」
と、機嫌悪く茉莉は今回の事件の詳細が書かれた手帳を閉じた。無理もない、と秋羽は思った。「鮮血ずきんちゃん事件」は、ネットでも騒がれており、近所の私立高校の生徒ばかりが被害に遭っている事から、警察も慎重に操作を進めていた。特に、この短時間で容疑者と被害者の繋がりまで探り出したのだから、茉莉は念入りに調査を進めていたのだろう。
しかし相手が未成年の場合、そう上手くはいかない。無論、精神的な意味ではない。『自白法』によって、いかなる決定的な証拠があったとしても〝自白〟しなければこの事件は最悪迷宮入りとなる。
「ふぅん。それで、我ら『自白班』にいやいや依頼にきたってわけですか。刑事さんも、大変ですねぇ」
含みを込めた笑みで、初夏が挑発する。
対する茉莉は小さく舌打ちすると、すぐに秋羽に視線を戻した。
「そういうわけだ、白石。あの小娘を自白させろ」
「え、俺!?」
まさか自分の直接依頼がくるとは思わず、思った以上に間の抜けた声を漏らしてしまった。
「まあ、妥当ですよねぇ。ほら、初夏は男の子専用だし、茶円班長も今回は管轄外みたいですし」
「何で、そうなる」
「えー、でも、この子って不良って感じはしないしー。消去法で、アキ君じゃないかな」
そう言いながら初夏は、茉莉が机に投げつけた写真の内から一枚を手に取ると、にやり、と笑った後、秋羽に渡した。
写真に写っているのは、大人しそうな顔をした女子高生だった。校則に従った膝丈のスカートに、染めた事のない黒い髪。下ろせば肩より下あたりまである髪を一つに結っており、いかにも真面目そうな少女だ。所謂優等生といった顔つきであり、写真の中の大人しそうなのに芯の強い瞳が印象的である。
――この子……
「そうですね。確かに俺向きに事件かも知れない」
――それにしても……。
秋羽はもう一度現場の写真を見る。
残忍な殺害現場に見えなくもないが、どこか違和感がある。
一件目は心臓を一突き。二件目から急に激しくなったのは何故だ。
連続殺人事件などで、犯人が現場に自分の痕跡を残すパターンはよくある。自分をアピールしたい、ちょっと危ない性癖の持ち主か。或いは怨恨などで、徐々に本命を追い詰めるためにメッセージとして残していくパターンか。
――いや、それは後でいい。今は、この子を自白させるのが先決だが……。
――どうして、こう面倒な事件ばっか俺に押し付けるかな。
確かに、今回のターゲットや事件の色的にも、残りの二人の長所は活かせないだろう。
――だからといって、消去法で俺に押し付けるのも、どうかと思うぞ。
――もし俺の予感が正しければ、この事件、とても長く……そして面倒になる。
――ああ、本当にこの世界は不平等だ。