二
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一、『自白班』は、容疑者が未成年だった場合、その容疑者から真実を引きずり出し、発言の真偽を査定する。
二、『自白班』は、警察学校在学時、及び中途採用試験時に行った「自白適正試験」で良好な成績を収めた者から推薦される。
三、『自白班』の出した結論は、覆らない。
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『自白班』は、未成年の容疑者に自白させる事が仕事である。
その内容に決まりはないが、内容は全て保存されるため、常識の範囲内が求められる。
また、自白方法は個人によって異なり――
「だから、何度言えば分かるんだ!」
四月二日。
季節は春。だいぶ気候も暖かくなり、過ごしやすくなった。三階に位置する『自白班』室からはちょうど満開の桜が見える。
青い空と、風にさらわれる桜色の雪――春を絵に描いたような風景。
しかし、白石秋羽の心は、真逆の真冬だった。
「真実を引きずり出す『自白班』が、嘘をついて、自白させる奴があるか!? その前は『彼氏にバレていいの?』とか言って、脅していただろ! お前、それでも警察か!?」
――あー、朝っぱらからうるさい。
秋羽は、正面の彼に気付かれないように小さく息を吐いた。
『自白班』班長・
見た目は大らかな初老に見えなくもないが、どこかの少年漫画の派出所の部長の如く沸点が低く、ちょっとした事でも怒鳴り散らす。最近ではストレスのせいで毛根が薄くなり、部下の間では「頭が茶畑」など言われている。
秋羽の方が身長が高いため、つい見下ろす形になってしまい、頭部を確認してしまった。彼は秋羽の視線に気が付いたのか、頭を抱えながら睨みつけてきた。
「お前、何で怒られているのか、理解していないだろ!?」
「いえ、自分は……」
「やめましょうよ、班長。アキ君を怒鳴った所で、何か変わるわけでもない。時間の無駄です」
と、その時――その場に少々場違いな若い女性の声が諫めるように言った。
「そうは言うが、
狭い室内の、窓際の席でスマートホンのニュースアプリを購読している小柄な女性。
彼女は、黄崎
秋羽の記憶が正しければ、秋羽が警察学校を卒業してすぐに『自白班』に配属された時、既に彼女は自白班の古株として活躍――はしていないが、所属していた。
噂では、茶円班長が刑事課から配属された時、既に彼女はいたそうであり、いつからいたのかは不明である。
そう考えると、プロ並のしっかりとしたメイクが逆に怖い。
明るい茶髪の髪を肩の位置で左右対称に揃え、大きな瞳の上で光るアイシャドウがネオンのように輝く。一見キャバ嬢にしか見えない彼女も、『自白班』所属である。
ふいに、秋羽の視線に気が付いたのか、彼女は形の良い眉を吊り上げてこちらに抗議の視線を送ってきた。
「なあに? アキ君。せっかく庇ってあげたのに、何か言いたそうだね。まるで〝本当はいくつなんだよ、こいつ。マジ妖怪〟的な事を思っているみたいだよ」
おっと。ビンゴ。これだから、この人は苦手だ。
初夏が茶々を入れたせいで叱る空気でもなくなり、結果として茶円班長から解放されたが。
以上が、ここ『自白班』のメンバーである。
『自白班』の仕事は、内容だけを見ると実に単純だ。
まず他の部署――主に刑事課から自白依頼を受ける。
かつては少年犯罪を専門的に行う部署があったらしいが、それは自白法の導入と共に消滅している。そのため、依頼部署は大抵刑事課だ。
自白法によって、容疑者が未成年者だった場合、いかなる証拠があっても当人による自白が判決を左右する。そのため、依頼してきた部署から容疑者となった人物の情報――例えば事件内容や被害者がいる場合はその人物との関係性、そして容疑者に挙げられた理由などの報告を受け、その情報を元にその人物がどういう人物なのか探り、尋問する。
この時、『自白班』には唯一未成年容疑者に尋問出来るという特別権利の他に、事件解決のためなら『自白班』の協力をいかなる場合でも他の部署は断る事が出来ない。ただでさえ、どの都道府県でも『自白班』の人数は少なく、都心を離れた村では一人で取り仕切っている所もあるらしい。
また一人の容疑者と短時間で向き合い、真実を探るため、細かい情報収集までには手が回らず、他の部署に依頼するしかない。特に依頼部署だと事件内容を知っているから依頼しやすい。というのは建前で――本音を言うと「自分達で見つけた案件なのだから最後まで自分達で責任を持て」だ。
正直、秋羽は『自白班』の仕事は厄介だと思っているが、この権利だけは気持ちが良い。『自白班』の協力申請は絶対であり、警察内部ならどんな肩書きを持っている人間でも好きに使える。上下関係が絶対の社会で、これ程気持ちの良い事はない。いつも偉そうにしている刑事課のベテラン刑事に「ちょっとコンビニ行って、ドーナツ買ってきて」と言った時は本当に快感だった。その後、刑事課には物凄く睨まれたが。
世間では「自白させるだけ」と簡単に言ってくれるが、それが最も難しい。
何故なら、人間は嘘をつく生き物だから。
それが嘘だと理解せずに嘘をつく者、息を吐くように人を騙す者、危機的状況に陥り無意識に口からでまかせを言ってしまう者、そして真実を知られたくない者。
理由は人それぞれだが、真実から遠ざけるという意味では共通している。
ゆえに『自白班』はその人物が嘘をついているかを見抜き、真実を引きずり出さなければならない。
方法は人それぞれであり、初夏は見た目通りのコミュニケーション能力が非常に高く、心を閉ざしている子供の心を平気で開いてしまう。特に相手が多感な少年だった場合、根掘り葉掘り聞き出し、最終的に自白させてしまうのだから凄い。所謂ハニートラップというやつであり、自分の魅力を十分理解している彼女はそれを発揮して少年が隠した真実を自らの手で届けさせる。また、相手が少女の場合でも同類を演じて、真実を奪い取る。一見キャバ嬢ではなく、まさにその道のプロのような会話上手であり、そこは素直に凄いと思っている。しかし、一度だけ彼女の尋問を見た事あるが、あれは――
*
『ねえ、初夏、本当の事が知りたいの』
『ダメよ、ボウヤ。ここからは、本気の関係の相手じゃなきゃ、見せられないの。だけど、もし、君が、本当の姿を見せてくれたら、初夏も……ぜーんぶ見せちゃうんだけどな』
『初夏、悪い子だーいすき。男の子って、少しヤンチャなくらいが丁度いいでしょう? ねえ、君は、悪い子って知ってる?』
『嘘をついてお姉さんを困らせて、君は本当に……いけないんだぁ。ねえ、お姉さんが、もっといけない事、教えてあげようか?』
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以上、黄崎刑事による、見せられない自白現場でした。
過去にちょろっと覗いた時。ただでさえ緊張する密室で、胸の谷間や太股チラ見させて、大胆な体勢で少年に迫り、色気という色気で――。
おっと、ここから先は有料になりそうなため、省かせてもらおう。
大人の男でさえ、あんな風に攻められたら、会社の機密情報くらいコロッと教えちゃいそうだ。経験の少ない少年なら、尚のこと彼女の魅力には逆らえない。
いつか児童ポルノあたりには引っかかりそうだが。
次に、茶円班長だが、彼はあれで熱血的な人で、ひと世代前の青春映画に出てきそうな体育教師のような熱い指導を行い、何度も何度も体当たりで冷え切った少年少女の心にぶつかっていく。無論全員がその熱意に応じるわけではなく、心にほんの少しの良心が残っているような子や「怖くて逃げた」と泣き出すような子なら、簡単に自白する。
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『逃げた事は、悪い事だ。だが、一番悪い事は、悪いとすら思っちゃいない事だ。本当は、君が一番分かっているんだろう?』
『君は嘘をついているかも知れない。だけど、君のついた嘘を信じて待っている人がいる。もう、やる事は分かるな? あまり親御さんを泣かせるな』
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以上、お涙ちょうだい系の熱血教師風刑事の現場でした。
怖くて逃げた系の恐怖心によって嘘をついてしまった子供に諫めるように自白を促していた時は、最終的に容疑者が自白するだけに留まらず、それを見守っていた警察関係者も目頭を押さえていた。優しい世界だ。
しかし世の中善人ばかりではなく、悪い大人もいれば悪い子供もいる。彼の熱意を鼻で笑う連中も多くおり、そういった子供には彼の言葉は何一つ響かない。
そういう意味では、茶円班長と初夏は上手くバランスが取れており、性悪担当が初夏、ちょっとした出来心は茶円班長担当である。
そして秋羽はというと ̄ ̄『言葉』に出来ない。
秋羽の自白方法を見た者は皆そう言った。
手段を選ばず、確実に真実を引きずり出す。
多少強引なやり方でも真実を明るみに出来れば、それは悪行ではなく、正義となる。
だから、多少強引な手段をとっても構わないと思っている。
大事なのは結末であって、途中経過は後でいくらでも修正出来る。
当然の事ながら秋羽のやり方は警察内部で問題視されている。しかし、茶円班長の熱血指導や初夏のハニートラップにも引っかからない、純粋な悪意を持った子供が相手の時、秋羽は確実に相手を自白させる。そのため、怒られはするが、誰も『自白班』をやめろとまでは言わない。元々『自白班』は面倒な部署であり、自白が失敗すれば被害者達に恨まれ、成功しても容疑者やその家族に恨まれる。だから、誰もやりたがらない。
しかし――
「子供の心は、純粋だ。ゆえに、良いものにも、悪いものにも染まりやすい。まだ未来のある若者を、大人が叱って救い出す。それが、我々の役割だ。なのに、お前達ときたら」
「子供の心は、純粋よ。ゆえに、好奇心で動いても、欲に溺れてしまう。まだ未来のある若者に、”色”について指導するのは、お姉さんの役割よ。なのに、あなた達ときたら」
――もっとマシな人材はなかったのだろうか。
*
「あー、厄介な人がきそうな予感」
唐突に、初夏が呟いた。
「最近、物騒な事件も続いているしなぁ。こういう時のお姉さんの勘って当たっちゃうからヤダなぁ」
「黄崎さん、どういう意味です?」
「お、ね、え、さ、ん」
と、初夏は秋羽の唇に指を突きだした。形の良い爪が顎を掬い出す。たったそれだけの仕草で、大半の男はドキッとしてしまうだろう。彼女の本性(年齢不詳含む)を知っている秋羽としては恐怖しかないが。
「黄崎さん、なんてオバさんみたいじゃない。初夏お姉さんの事は、ちゃんと初夏お姉さん、もしくは初夏ちゃんと呼びなさい。ウイちゃんでも可よ」
「いえ、年上にちゃん付けはちょっと……」
秋羽がやんわりと断ろうとすると、今度は胸倉を引っ張られた。
その細腕のどこからそんな力が出てくるのか、秋羽の胸倉を掴んだだけで、初夏は秋羽を引き寄せた。その時、ちょうど良い場所に引っ張られ、凹凸のはっきりした谷間が目の前に迫り、目のやり場に困る。
「お姉さんに歳の話はNGって知らないのかなぁ? アキ君はぁ……いけない子だな」
「……すみませんでした」
胸の谷間に飛び込むなんて、なんて羨ましい!
と思うかも知れないが、初夏は引き寄せる時に、さり気なく喉――気道の部分に親指を入れて呼吸を止めようとしている。とてもいけない事をしている。
「まったく、アキ君は……」
ようやく解放された秋羽は新鮮な空気を吸い、呼吸を整える。やはり魔王はこの女よ。
「あの、きさ……」
「あ!?」
「初夏お姉さん、いえ、初夏お姉様」
「あら、お姉さんでいいわよ」
「さっき言っていた、厄介な人がきそうな予感って?」
「アキ君、ニュース見てないの? 例の〝鮮血ずきんちゃん事件〟だよ」
「あー、例の猟奇殺人ですか」
ここ数日のニュースを思い出す。
「そうそう。被害者は全員胸とか腹をめった刺しにされ……そして、犯行現場には赤ずきんのロゴの入ったリボンが添えてあるって」
「ミステリー通り越してホラーですね」
「でも、なんか引っかかるのよね。この赤ずきん、どっかで見た事あるような……」
「え?」
「ああ、でも気のせいかも。こういうデザイン、よくあるし……それより、知ってる? この事件には、赤ずきん以上に、すっごい共通点があるんだよ」
と、彼女がそこまで言いかけた時。
突然扉が勢いよく開いた。驚いて振り返ると、そこには出来れば会いたくない顔があった。
「そう、事件の被害者は全員同じ学校の生徒。そして、容疑者もまた……」