一
この話は、ミステリーではない。
そう呼ぶには滑稽で単純で――人間くさいからである。
平成二十八年、四月二日――
鉄の匂いが混じりあった室内。
生臭い血の中にぽつぽつと浮かぶように白い塊が無造作に転がっている。
「腹部をめった刺し。これは……また派手にやらかしたな」
「また、同じ奴か」
黒いカーテンで覆われた窓からは光の気配がない。部屋の真ん中で仰向けに倒れた少女の周辺には割れた電球が散らばっており、今のところ近付いた人間がいない事を告げている。
――ここまでやるか、普通。
肉片の一部は既に腐食が始まっているものもあり、異臭が鼻を刺激した。
――それにしても、これで、三件目か。
最初の事件は三週間前。その時も、今回と同じく遺体がめった刺しにされていた。
――となると、週一で殺人をしている事になるが……犯人の顔が見えない。
顔とは、本当に顔が見えないという意味ではなく、比喩的なものだ。
怨恨に窃盗、或いは偶発的なものまで――必ず、犯人には目的、即ち「顔」がある。
そして、それは現場に「跡」として刻まれる。
しかし、この事件だけはその顔が、犯人の意図が読めない。
一件目は大人しいもので、ただ心臓をナイフで一突き。
二件目も心臓を狙ったのだろうが、胸を中心にめった刺しにされ、執拗に痛めつけていた。
そして、三件目はこの有様。
回数を増す度に残忍さが増しているようにも見えるが――
「いや、これは……」
茉莉がそう呟いた時、慌ただしい足音が近付いてきた。
「赤西先輩!」
悪意の塊のような空気をいとも簡単に破った青年は、入口から顔を覗かせ――そして現場に転がっているモノを見た途端、小さく悲鳴を上げた。
「緑区。吐くなら外にしろ。現場が汚れる」
「ひ、ひでえ。それが可愛い後輩に吐くセリフっす……んっぐ……」
彼 ̄―
「だから、現場を汚すなと……」
「す、すみませ……っ」
「大体、こうなるって分かっていて何故来たんだ? 待てと言っただろ」
「そ、それが……この女子高生連続殺人事件の容疑者が確保されて……」
「それを早く言え!」
まだ吐き気がするのか、茉莉の気迫に正義は青ざめた顔で頷く事しか出来なかった。
新任の彼を気遣う余裕のない茉莉は彼の肩を揺さぶり、問いただす。
「何処だ!? 今そいつは何処にいる!? 取り調べ室か!?」
「ちょっ、今、揺らさないで……で、出ちゃ……」
「知るか! いいから、吐け!」
「いいんですか? じゃあ……」
「そっちじゃねえ!」
茉莉が叫ぶと、正義は「ですよね」と呟いた。
「それで、その容疑者は……」
「そ、それが……」
青ざめた顔がさらに青くなった。
吐き気、というよりも茉莉に言いにくい事なのか、目が泳いでいる。
「
「白石だと!? じゃあ容疑者は……未成年なのか!?」
*
――この世は、不平等だ。
それが、
幼い頃のある事件をきっかけに、それが秋羽の信条となり、それは今年で二十九になった今でも同じである。
場所は、取調室。
そこが秋羽にとっての現場である。
「ねえ、刑事さん。私、いつまでこうしていればいいの?」
「……」
秋羽は目の前で自分に笑いかける女子高生を見つめる。
眼鏡をかけた、大人しそうな少女。
校則をきちんと守り、見るからに真面目そうな少女は、愛想笑いを浮かべながら秋羽に再度問う。
「ねえ、刑事さん……もう、そろそろ解放してほしいなーって」
真面目で愛想の良い少女。未成年犯罪を多く取り扱う秋羽からしたら、態度の悪い子を多くみてきた手前、印象はいい――もしここが取調室でなければの話だが。
*
少年法改『自白法』によって未成年が容疑者とされた場合、決定的証拠があろうがなかろうが、当人の自白によって裁かれる。
容疑者が犯行を認めない限り、その容疑者はどんな場合でも無罪とする。
ただし民事事件には適応されず、刑事事件のみに適応される。
*
そのため、未成年者が容疑者として浮上した事件において、警察が出来るのは「取り調べ」だけである。
当然、その取り調べはただの取り調べではない。
確実に「自白」させないといけない、特別な取り調べである。
もし捜査中に未成年の容疑者が自白しなければ――その容疑者は無実となってしまうのだから。
それゆえ、自白させる刑事もまた――
「もう、ずっと説明しているじゃないですか。私は、無罪です。冤罪です。確かに毒殺された先生とは少し揉めた事もありましたけど……だからって、殺そうなんて思いませんよ。何で疑われたのか、不思議なくらい」
取り調べ室で刑事と正面で座っているというのに、その少女はニコニコと笑顔で言った。
「……喋ったな」
「え?」
長い沈黙の果て、秋羽は言った。
「取り調べが開始されてから三十分が経過。その中で君はずっと無言を貫いていた。だけど今、初めて君は喋った」
「だ、だから、なんだって言うんですか? ただの挨拶じゃないですかー。それに、さっきから言っているじゃないですか。私は無罪ですって……いきなり疑われて、こんな所に連れてこられて、私……すっごーい哀しい」
わざとらしく少女が泣くような仕草を見せた。しかし顔は笑ったままだ。
「それは、嘘の顔だ」
「嘘って、ひどいなぁ、刑事さん」
一瞬だが少女の笑顔が崩れた。そこを見逃さず、秋羽は続ける。
「知ってるかい? 嘘つきってどんな顔か……」
そして少女の目を見て、フッと笑み――
「すごい、不細工なんだよ」
「……は?」
「本当の顔を隠すために、嘘で塗りたくった顔はすごい不細工だ。見るに堪えないくらいに、すっげえブスだ」
「ち、ちょっと、何ですか!? さっきから……人のことブスとか嘘つきとか! いくら警察だからって失礼じゃないですか」
少女の中に焦りが出てきたのか、急に明らかに作っていた笑顔が崩れ、早口で話し始めた。
――いや、単純にブスって言ったのが利いたか。
「確かに私は科学部で、薬品とか取り扱っていますけど、人を殺すような毒物なんて簡単に作れるわけないじゃないですか」
「まあ、そうだな。小説や映画じゃあるまいし、科学部の子だからって毒が作れるとは思えないし、学校にそんな危険な薬物が置いてあるとは思えない」
「そ、そうですよ。大体、毒を盛られた先生がいたのって、グラウンドでしょう? グラウンドからなら園芸部の部室も、花が保管されている園芸室も近いし」
「……うん、そうだね」
秋羽は微笑みながら頷いた。
「私なんかよりも、園芸部の子の方が怪しいじゃないですか」
「……うん、そうだね」
――また一つ、嘘の仮面が剥がれた。
秋羽は笑みを深める。
「紫陽花は普段は園芸室に保管されているわけだし、入手出来るのは鍵を持っている園芸部だけで……」
「……うん、そうだね。だけど……何で、紫陽花が、原因だって知っているんだ?」
「え……」
少女の表情が、止まった。
そして、みるみるうちに困惑が浮かび出す。
「紫陽花には確かに毒があるが、そんなこと普通は知らないだろう。俺も一度も口に出していない。となると、君は知っていた事になるよな? 紫陽花が原因だって」
「それ、は……」
再び笑顔だった少女の顔が歪む。今度は引きつるように固まっている。
「わ、私も校舎にいたんですよ? だから人から聞いて……」
「毒殺って聞いて、紫陽花が原因って考えるのは少しおかしくないか? 普通、毒殺なら、そのまま『毒』って思うだろう。成分も一切、考えず」
「そ、それは……」
「一般的に毒殺で思いつく毒なんて、刑事ドラマとかでもよく出てくるトリカブトとか青酸カリとかじゃないか?」
確かに毒を持つ植物は多く、映画やドラマで見て偶然知っていたという場合もあるが。
その中でもマイナーな『紫陽花』だと断言出来る事は、やはりおかしい。
仮にも、普通の、ちょっと成績が優秀なだけの女子高生なら尚更。
「……っ……だ、だから、それは……新聞で……」
「先生が殺害されたのは昨日だ。報道でも『紫陽花の毒で死んだ』とまでは言っていない」
「SNSで……」
「何度も言わせるな。昨日の時点で、先生は……急に具合を悪くして倒れた人……『殺された』だなんて思ったのは、実際に先生の容態を見た一部の人と、毒で殺すつもりだった犯人だけだ」
「……っ」
彼女はついに言葉を失った。
――意外だな。賢そうだから、もっとかかると思ったんだが。
そう秋羽が思った直後、
――ポタリ、
少女の顔の下に、一滴の液体が落ちてきた。
ポタリ、ポタリ――雨のように降ってくる。それが汗だと気づいた時、彼女は叫んだ。
悲鳴のような笑い声を。
「あっははははははははははは!」
顔を隠していた両手をどけると、彼女は大声で笑い出した。
「だったら、なに? まさか紫陽花で死ぬだなんて思わなかったでしょうね。あのクソ教師、ざまあみろ!」
「おいおい。優等生の顔が崩れているぞ」
「うるせえんだよ! こっちは真面目にやっているのに、どいつも、こいつも! 私の邪魔ばっかしやがって!」
少女の顔は完全に崩れていた。今までずっと被っていただろう上っ面だけの笑顔が消え、本性が露わになっていた。
「それを、あの野郎が全部台無しにしやがったんだッ……」
「一応、聞くが、何があったんだ?」
「あの野郎はな……私の、テストを、完璧な私の回答を、98点にしたんだ」
「……………………………………は?」
「だから98点! 一問、答えが『間違っていること』にしたの」
そこで「間違っていた」と言わない所に、彼女の執念を感じる。
「えっと……間違えたの?」
「間違えていない! 私が間違えるわけない! あの雑魚が、間違えた問題を出したんだ。でなければ、私が98点なんて中途半端な点数をとるわけがない」
――なるほど。理解出来ない。
「だから、思ったんだ。そうだ、殺そうって」
そうだ、京都へ行こう。みたいなノリで殺人を決断するな。
――やはり理解するのは難しい。
「中学の時も、塾で私より上の成績にいた邪魔な奴がいたけど、そいつが事故で死んでくれたおかげで……ああ、先に言っておくけど、こっちは本当に事故だから。大体、中学違うし」
「あ、うん」
「だけど、その子が死んでくれたおかげで、私は塾でも一番になれた! そう、あの時、神様が私に教えてくれたの……邪魔な奴は消せばいいって」
どの程度の知り合いかは知らないが、人の死をここまで喜ぶあたり、彼女の歪み具合が分かる。今までも彼女のような子供を、秋羽は何度も見ていた。
そして、その対処法も理解している。
「目には目を、サイコにはサイコ……か」
そう呟いた後、秋羽は首から下げている金色のロザリオに触れる。
そして神に懺悔するように、或いは祈るように目を閉じた後――カッと目を開いた。
「紫陽花には青酸配糖体という成分が含まれる」
秋羽は告げる。
「主に紫陽花の葉や茎の部分にあるものだ。人間の体内に入ると毒だ。有毒物質のシアン化水素が作られ、それによって症状が出ると言われている」
また紫陽花の毒の成分は一つとは限らず、「嘔吐性アルカロイド」や「抗マラリア成分」なども有毒な成分だということが報告されている。
主な症状は吐き気や嘔吐など食中毒に近いものだが――
「君は、紫陽花から毒の成分を採取して、それを先生の水筒に混入した……って思っていたけど。どうやら、こちらの勘違いのようだな」
「……え?」
秋羽の言葉に、少女は声を漏らした。
「確かに、君には動機はあったかも知れないけど、常識的に考えて、やっぱり無理だ。紫陽花に、人間を毒殺出来る程の成分はない」
「ち、ちょっと、なに、言っているんですか? 紫陽花には強力な自然毒が……」
「確かに、紫陽花の葉や茎には毒がある。それを犬や猫が誤食したら、場合によっては死に至る。だけど人間を殺せる程の毒はない。もし可能性があるとしたら、紫陽花ではなく、カタツムリだろうね」
「カタ、ツムリ?」
彼女はキョトンとした顔で首を傾げる。
「カタツムリやナメクジには寄生虫がいる」
広東住血線虫と呼ばれる寄生虫は、カタツムリやナメクジを介して人間の体内に入る場合がある。といっても、素手でナメクジやカタツムリを食べるなどしない限り、体内に入る事はないが。
「海外だと死亡するケースも多い。だけど……紫陽花の毒だけじゃ、そうはならない。だから、俺が思うに、君が採取した紫陽花の毒には、ナメクジかカタツムリの寄生虫も一緒に入っていたんじゃないかな? それで偶然、先生は二つの毒性を体内に入れられた……つまり事故だ。そう考えれば、自然だろう?」
そう秋羽が微笑んだ、次の瞬間――
「んなわけあるか! 私は、紫陽花で、アイツを殺したんだ!」
少女は椅子を蹴って立ち上がり、机を叩きながら言った。
「偶然でも自然でもない、私が調べて、考えて、それで実行し……」
「自白、したな」
秋羽は、とても優しく微笑んだ。
その笑みを見た瞬間、少女は自分の失態に気が付き、力が抜けるように椅子に座った。
「あ、ちがっ……」
「遅い。言質はとった。もう言い逃れは出来ない」
元々、この取り調べ室に連れてこられた時点で、その未成年者には容疑者たる証拠がある。あとは自白させるだけだ。
だから秋羽はじっくり時間をかけて、彼女を焦らせ、そして――あえて怒らせることで、本性を引きずり出した。
演じていた優等生の人格と、内に抑え込んでいた本性が交互に出てきたのも、秋羽の揺さぶりによる「焦り」と精神的消耗によるものだ。
――まあ、元々精神が不安定だったおかげでもあるけど。
秋羽からすれば、未成年の容疑者を自白させるための方法はいくつもある。
それこそ、その子の「タイプ」によって分けられる。
そして彼女の場合は――
――自己愛性パーソナリティ障害。
自分に対して誇大なイメージを抱き、注目や称賛を求める一方で、他者からのマイナスな評価に対して過敏に傷つきやすく、他者に対する共感性が薄いことを特徴とする障害。
歪んだ自己愛からくる、自尊心の調節が出来なくなる状態。
彼女の場合はそれでも軽度な方だ。
家庭や周囲の環境か、過度の期待かは不明だが、「優等生」及び「優秀で、出来る自分」を求めるあまり、「出来ない」「分からない」が認められず、自分のミスを指摘する者を「悪」と認定する。
その結果が、これだ。
優秀な自分を守るため、自分のミスを指摘した教師を毒殺し、そのミスをなかった事にしようとした。
高すぎるプライドが招いた悪夢、といった所か。
――この程度なら、まだ更生の余地があるのが救いだな。
「ち、違います。今のは、つい……気持ちが昂って言っちゃっただけで、私……」
わざとらしく、少女は涙を浮かべて秋羽を見上げる。
意外に――いや、やはり諦めが悪い。
こうやって見ると、確かに弱々しく、護ってあげないといけない少女に見える。
しかし――
「あー、そういうの、いいから」
「……は?」
「今、君は自白した。その時点で俺の仕事は終了。じゃあ、帰るわ」
「ち、ちょっと待ってください! そんなの、あんまりです! もっと、こう心の闇とかに触れて……」
今度は「心が病んでいて、しょうがなかった」と言い訳するつもりか。
そういうパターンも何度も経験しているため、今更同情する意欲も湧いてこない。
「あー、それからね。俺、君にいくつか嘘をついていたんだ」
「嘘?」
「ああ、まず一番大きな嘘は……君の罪状だ。君は『殺人』じゃなくて『殺人未遂』ね」
「殺人未遂って……」
「先生が運ばれてすぐに君は連れてこられたから知らないと思うけど」
正確には、その場にいた生徒は全員強制帰宅となったが、彼女の場合、証拠がありすぎた。先生の水筒に毒を混入した姿を他の生徒に目撃された上、校内の監視カメラにも映っていた。科学部らしく指紋は綺麗に消していたようだが、校内で生活していた生徒に「校舎内に全く指紋がない」というのもまた妙だ。
――おおかた、自分の指紋を消したんだろうが……消しすぎだ。
さらに言うと、毒を混入された先生は野球部の顧問らしく、グラウンドに自分の分の水筒も置いていて、それを知った彼女に毒を混入されたようだが――そもそも彼女の話はおかしい。
グラウンドにいたのに、他の運動部は一切疑わず「園芸部」と一番無縁そうな部活を選んだ。
普通、グラウンドと聞いたら、真っ先に浮かぶのは「運動部」だ。
まるで、そこに証拠があります、と言っているように。
そして一番のミスは――
「紫陽花じゃね、やっぱ人は死なないんだよ」
「死んで、ない!?」
「そりゃあ、吐き気や嘔吐は発症させるからね、苦しみながら病院に搬送されたけど……死んではないね」
入院はしているが。それも一週間以内には退院可能だろう。
ミステリーなどでスズランの毒を使った殺人などもあるが今の医療だとグラス一杯程度じゃ嘔吐などの食中毒の症状は出せるが、殺すまでには至らない。
――フィクションと現実は違うんだよ。
「そんな……」
――賢いのか、バカなのか、分からん子だ。
「どうしてっ……」
その場で崩れた少女に、秋羽は常々疑問に思っていた事を口にする。
「なあ、一つだけ疑問なんだが、何で『紫陽花』だったんだ? 自然毒ならもっと強力なものもたくさんあるだろうし、君がそれを知らないと思えないんだけど」
「……英語のテストで『紫陽花』の問題が出て……私、ちゃんと『パープル・サン・フラワー』って答えたのに、ペケつけられたの。だから……紫陽花で、殺そうと思ったの」
「……そうか」
――なるほど、分からん。
それから五分もしない内に、大勢の気配が取り調べ室に真っ直ぐ向かってきた。
「今日は早かったな」
「え?」
秋羽の呟きに、少女は声を漏らすが――すぐに顔色を変えた。
迫りくる足音の多さと乱暴さに、それが自分にとってよくないものだとはっきり分かったのだろう。
「ああ、そうか。これは公にされていなかったな」
秋羽は、フッと笑みを零す。
『自白法』によって未成年の容疑者が犯行を認めない限り犯罪にはならない。
その情報が公表される事もなく、彼らの経歴には一切傷がつかない。
しかし――
「本当に不平等だな。いや、この場合は平等か」
「ちょっと、どういう意味ですか!?」
迫りくる足音と、尋常じゃない空気が扉の前に集結し、少女は焦りからか、秋羽の腕を掴んで問いただそうとするが――秋羽はそれを簡単に払いのける。
そして背後から少女の肩に手を置いて、差し出すように扉めがけて背を押した。
「ひっ……!」
少女が秋羽に押されて前に倒れかけるのと、扉が開いて『彼ら』が現れるのは同時だった。
全身が黒ずくめの、某映画の秘密結社のような恰好をした、屈強そうな男。
そして、その後ろには防護服とガスマスクをつけた、怪しげな集団。
ガスマスクのせいで表情は分からず、性別すら外からでは分からない。
強力なウイルスでも発生したかのように、彼らは全身を防護服で守り――そしてその彼らを指揮する男は黒いスーツだけといった、まさに「異様」な集団。
黒スーツの男はサングラス越しに少女を見ると、無言でその手を伸ばした。
「ちょっ、なにすっ……」
「該当容疑者を確保。連行します」
少女の抵抗を物ともせず、サングラスの男は彼女の体を片腕で拘束すると、ガスマスクをつけた部下達の方へ投げた。
慣れた動きで、ガスマスクをつけた集団は彼女の体を取り囲むようにして拘束する。
そして動き出した。少女を取り囲んだまま動くため、必然的に少女も前に進む。
「ちょっと! あなた、刑事なんでしょう!? 助けてよ!」
「それは、無理な相談だな。だって、そいつら、政府側だし」
「え?」
「なあ、『自白法』で自白した未成年の容疑者は、どこへ行くと思う?」
秋羽の問いかけに、少女の顔が青ざめる。
「身近で犯罪なんて起きないし、有罪判決が下った知り合いなんて、滅多にいないから知らないのも無理はないな」
秋羽はそう言いながら、拘束される少女の元へと歩みより――そして目を合わせる。
「裁かれるんだよ」
「さば、かれる?」
「罪と罰はセットだ。罪には、それ相応の罰が必要だ。それが、未成年者だったとしても」
そして、それこそが彼ら――『制裁班』。
『自白法』において、取り調べ室で自白をした未成年の容疑者はその瞬間から「犯罪者」となる。そして『自白法』では、犯罪者となった未成年者は成人と同じように裁きを受け、心身状態や境遇などによる減刑はあるが、年齢、まして学生という身分による減刑はない。
平等に、裁かれるのだ。
「安心しろ。裁かれるっていっても、本物の犯罪者がゴロゴロいる刑務所に、君を連れていったりはしない」
それも『自白法』」による定めだ。
何色にも染まりやすい若者を、刺激だらけの刑務所に送れば、もっとやばい連中に魅了され、更生どころかもっと深い闇まで落ちる危険性がある。
そのため、未成年の犯罪者は未成年の犯罪者が行くべき場所がある。
「君には更生プログラムを受けてもらう。更生プログラムは、罪の重さによって分けられる。殺人未遂の君が、殺人やもっと重い罪を犯した犯罪者と同様のプログラムを受ける事はない。罪と罰はセット、罪と罰の重さもまた平等だ」
「えっと……」
案の定、少女は困惑していた。
彼女にとったら、それは良い事なのか悪い事なのか判断がつかないのだろう。
「まあ、そういうわけだから……しっかり、更生しろよ」
秋羽は彼女の頭を軽く撫でる。
少女が安堵した、その次の瞬間――停止していた『制裁班』はまるでロボットのように動き出し、少女は連行された。
「やめて! ちょっと、貴方、警察でしょ!? 何とかしなさいよ! 私は未来ある若者なのよ!? 『自白法』は私達のために作られたものでしょ! 何でこんな目に……ちょっと、聞いているの!」
まだ諦めていないようで、少女は連行されながらも秋羽に怒鳴りつけるように言う。
――まったく、やれやれだな。
秋羽は深い溜め息を吐いた後、少女に向かって言う。
「そいつは、違うぜ」
「……え?」
「確かに『自白法』は未来ある若者のために作られた。だけど、守られるべきは君じゃない……君みたいなやばい奴から、未来ある若者を守るために作られたんだ」
自白以外で有罪判決が下らないとなると、一見『自白法』は未成年に甘い法律に見えるが実際は違う。
「一度自白したら、その撤回は不可能。後々『あれは警察に脅されて……』とかいう言い訳は一切出来ない」
そして何より――
「ああ、それから……何か勘違いしているようだから、この際にはっきり言っておく。俺達警察が守っているのは人でなく、法だ。そして、法の下では人は平等ってな」
「……ッ! こ、この人でなし!」
それを最後に少女は引きずられていった。
まだ何か騒いでいるようだが――無駄だ。
――だって君はもう……
「裁かれる側になったんだ。罪には罰を……――せいぜい向き合えよ」
未成年の「更生プログラム」が行われる場所は、秋羽ですら知らない。
一説によると、政府が作った建物の中で再教育を受ける。
一説によると、戦地に送られて、自分の経験によって命の大切さを学ぶ。
一説によると、故郷すら思い出せなくなるほど遠い孤島に送られ、自分がした罪の重さを悔いるだけの日々を送る。
一説によると――
「ほんと……この世は、不平等だな」
少女の悲鳴が遠ざかる中、秋羽はそう呟き、取り調べ室を後にした。
*
『自白法』によって未成年者は護られ、今後の人生に影響が出る事がない。
しかし、それに伴い冤罪もまた増加した。そのため、容疑者の語る「真実」を査定し、正確に自白させるため――ここに『自白班』を設置する。
『自白班』は未成年者が容疑者となる事件において、彼らの真実を引きずり出す。
そのための手段は、『自白法』に一任される。
容疑者が自白した場合、『更生プログラム』を受ける。今後の裁判、弁護士との謁見なども全て『更生プログラム』の中の一部として扱われ――裁判官や検察をはじめ、その事件に関わる者全て『自白法』によって新たに設立された特殊な班のみとする。
*