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7話 ついていい嘘はない!睦月の告白。



「如月、明日出かけない?」



 和室で執筆していると、睦月に声をかけられた。オープンカフェで得られたものは、私のセクシュアルマイノリティに対する理解であり、これはとてもいいことだ。



「少し書きたいので、お昼からなら」

「じゃあ、昼ごはん食べに行こ」

「いいですよ」



 パソコンの画面と睨み合いながら、出かける約束をすると、睦月が私の隣に座った。なにか話があるのだろうか。少し気になり、タイピングをしていた手を止め、睦月を見る。



「遊園地代は返す。これは俺からのデートの誘いだから」

デート(仮)デートじゃないんですか」

「違う。だから、遊園地代は返す」



 急な睦月の変化に少し困惑する。認めて気持ちが楽になったのだろうか? 真面目に話しているみたいだし、その言葉に嘘はないだろう。



 乗ってくれればラッキー程度に、軽い気持ちで誘ったつもりだった。こう真面目に来られると、どう反応していいか分からない。しばらく様子見だ。



「……遊園地代は口座に振り込んでおいてください」

「分かった。あのさ、俺、如月に色々聞きたいことがあるんだよね」



 睦月が目を見て話すので、致し方なく、作業をやめ、ノートパソコンを閉じる。



「なんですか?」

「言いたくなかったら無理して話さなくてもいいから、如月自身のことを知りたい」



 興味本位というわけではなさそう。自分自身のことを話すのはあんまり得意ではない。



「聞いたってなんの面白みもないですよ」

「教えてよぉ~~如月ちゃぁ~~ん」



 真面目な顔をしたかと思えば、甘えた顔をする。感情がいつもはっきりと出る睦月は、見ていて飽きない。そして魅力的だ。



 甘えた声を出す睦月に免じて話すことにした。



「親が小説家になることを反対して、高校卒業と同時に家を出ました」

「私も聞きたい」



 卯月も隣にやってきた。みんなで聞いてもなんにも面白くないけど。



「未成年だと親の同意が必要で、色々都合が悪くて。5作家デビューしました。身分証明は求められなかったですし、あくまで自己申告でしたので」


「担当の家に転がり込み、面倒をみてもらいつつ、執筆してきた感じですね~~。一応これでもベストセラー作家ですよ。面白くもなんともないでしょう?」



 睦月は話を訊き、腕を組み考えた。



 いい加減、担当に謝らなければいけない。原稿もあるし、いつまでも姿をくらましている訳にもいかない。でも、会うには色々問題がある。



 会いたくない気持ちの方が大きくて、まぁ、お金に困ってないし? また今度と先送りになっている。



「俺らに伝えた年齢は偽った年齢なのでは……」

「そんなはずは……いや、う~~ん?」

「免許証は本物だろ?」



 確かに? 私は財布から免許証を取り出し確認する。



「37歳ですね……」



 睦月と卯月が唖然としている。思い込みとは恐ろしい。



「その年齢なら、老けていないのも納得だわ」

「他にもなんか隠してるんじゃない?」



 卯月が私を疑ってくる。そんなことないと思うけど。



「なんか人生イージーモードの話だった、つまらん」



 卯月は和室から出るなり「ごゆっくり!」と、リビングと和室を繋ぐふすまを閉めた。



 スパン!!!



「閉められちゃったね?」



 睦月が私の肩に寄りかかる。睦月を近くで感じ、気になってしまい、執筆に集中できない。



「なんで何も言わないの?」

「何か言って欲しいことでも?」

「別にぃ~~」



 睦月が私の髪を指先でくるくる触り遊ぶ。指先が時々、首筋に当たり、鼓動が早くなる。



 全くもって集中出来ん!!!!!!



「あぁ、言いたいことありました、ありました。早くこの部屋から出ていけ」



 最高の笑顔で睦月に伝える。



「筑前煮でも作ってろ」



 睦月の首根っこを掴み、和室の外へ放り出す。



「ひどくね?」



 ーースパン



 私は思いっきり、襖を閉めた。やっとこれで集中出来る。襖の向こうで「如月は結構デリケートだよ」と話す卯月の声が聞こえた。




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 ーーデート当日



 結局、私のもう少し書きたいという我儘で、約束された日が延期された。気づけばゴールデンウィークも最終日。脱衣所で着替えを済ませ、支度を終えた睦月の待つリビングへ向かう。



「行きたいところはある?」

「いや、特に。まったり出来ればそれでいいです」



 執筆に集中し過ぎて、行く先など何も考えていなかった。申し訳ない。



「海とか? あ、ネカフェ的な……?」

「ふふ。たまには海辺へ行くのも悪くないかもしれませんね」



 私は玄関へ向かい、シューズボックスから黒いスポーツサンダルを取り出し、出かける準備をした。



 徒歩で駅に向かい、電車に乗る。他愛のない話を車内でしているうちに、1時間程度かかり、目的の駅へ着いた。



「海」



 睦月は改札から出て、海を指差し、ニッと笑った。屈託のない笑顔に心惹かれる。



「意外と綺麗なものですね」



 海辺沿いを歩き、砂浜へ降りていく。



 ゴールデンウィーク最終日のせいか、人もさほどいない。砂がふかふかしており、歩きづらい。履いていたサンダルを脱ぎ、手で持ち、裸足で歩く。



 日常生活では感じることのできない、海水の匂いや、浜辺に押し寄せる波の音が、とても心地よい。



「座る?」

「そうですね」



 波打ち際近くに睦月と並んで腰を下ろした。睦月が私の方を見ると、穏やかに笑い、口を開いた。



「如月、好きだ。付き合おう」



 突然のことで言葉が詰まる。



 睦月のことは好きではあったが、受け入れてもらえないことを前提に考えていたため、正直、恋人になるところまで、視野に入れていなかった。



 想定外ではあるけど、とても嬉しい。



 でも確認しなくてはならない。本当にいいのかどうかを。



「本当にいいんですか? 私は男性ですよ。恋人になることで睦月さんの人生にどんな影響を与えても、責任取れませんし、知りませんよ」

「はぁ? もう与えてるし。今更遅い」



 今更遅いか。そうかもしれない。正面の海を眺めながら考える。



 恋人になったところで、ずっと続くわけではない。今は良くても、その後は? 私との恋愛歴を経て、生きづらくなるのは睦月さんの方では?



 まだ二十代前半で、人生これからなのに、そこまでの負荷はかけられない。ダメだ、付き合えない、断ろう。



「すみません。やっぱり付き合えません……」



 悔しさで自然と手に力が入り、砂を握りしめてしまう。



「それは俺のため?」

「……そうです」



 睦月の手が私の頬に触れ、顔が睦月の方へ向けられる。でも気まずくて、目線を逸らしてしまう。



「そういうのは要らない。自分の気持ちに嘘を吐くな」

「……だってどんなかたちであれ、大好きな人を傷つけたくない……」



 薄い笑みを浮かべる。体育座りをした膝に顔をつけ、静かに流れる涙を隠した。



「俺は大丈夫だから。いいんだよ、そんなこと」



 肩が優しく掴まれ、そっと抱き寄せられた。



「……何が大丈夫なんですかぁ。私のせいで人生、生きづらくなるかもしれないのに……」



 顔を上げ、睦月を見つめる。優しい笑みに、もっと涙が溢れる。



「この先何が起こっても、俺は自分の選択に後悔はない。って、泣くなって~~」



 睦月の指先が私の涙を拭う。



「で、如月の答えは?」

「イエス以外聞く気ないじゃないですか……」


「そうだけども、ちゃんと言って?」

「……好きです……よろしくお願いします……」



 私の言葉を訊き、睦月の顔がにんまりとほころぶ。



「如月は自分が攻めるいくのは良いけど、迫られる来られると弱いよね~~」

「は? え、ちょっ、まーー」



 傾けた睦月の顔が近づく。壊れ物にでも触るかのように、優しく唇が触れ合う。ちゅ。



 ーーザッバーーン



 大きな波が押し寄せ、全身が水浸しになった。いいムードが一瞬にして、破壊される。なんだか、可笑しくて、私は声をあげて笑った。



「あははっ」

「海のバカヤローー!!」



 睦月が隣で立ち上がり、海に向かって叫ぶ。



「それ、言う人初めてみました。全身濡れましたし、帰りましょう」

「そうだね~~帰ろう」




 実はさっきの出来事は、妄想か勘違いか何かだったのでは? なんて砂浜を歩きながら考える。




 そんなことを考える私に睦月は「手でも繋ぐ~~?」と呑気に誘う。妄想でも勘違いでもなく、現実なのだ。




「繋ぎませんよ」




 日本はセクシュアルマイノリティへの理解は広まりつつある。だが、どうしても、周りの目が気になり、自ら手を繋げない自分がいる。




「卯月とは繋ぐのに~~?」




 睦月はそんなのお構いなしに指先と指先を引っ掛け、手を繋ぐ。




 海水で濡れた服に風が当たり、少し肌寒さを感じる。なのに繋がれた指先から感じるぬくもりで、顔が熱くなる。




 砂浜を抜け、海辺に沿って歩き、駅を目指す。駅までは後少しだ。駅に着いたら、おのずと手を離すことになるだろう。




 もう少しだけ、このまま歩けたらいいのに。




 繋がれた指先に少しだけ力を入れた。





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