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探し途中に

 それから間もなくして志遠は雪妃との話を終わらせ、一人この善裕宮の中を探す。

 先に行った春鈴にはちゃんとした案内がいたのに……などとは言わない。

 勝手知ったるだ。

 それを雪妃は承知している。

 それなりには来たことがあったが、もうそれも遠い昔のように思えるくらいここには来ていないのだが。

 ふと、響妃が言っていた雪妃の話を思い出す。

 そうだ、彼女はその通りだった。

 ――この善裕宮には何かあったか? と言われるくらいに何もない所でそこから良い人材は出ていない。だから、選ばれたのだ。

 何もないのは可哀想だと思われたのが始まり――なのは知られていない話だが、彼女は陛下と同じ年頃の大人しい隠れた舞踊の名手であり、陛下の子として一人の女児を産んだが流行り病にかかって、その子は死んだ。

 その子だけはちゃんとした理由があるからとそれは嘆き悲しみ、きちんと最後まで面倒を見たくらい陛下は雪妃を好まれた。 

 寵愛など陛下にはないが、雪妃だけは違ったように見えた。

 だが、今は違う。

 子がいる者を愛しているのか好いているだけか、問題はそこだけでなく、このままで良いのかということだ。

 これが続く限り、自分の子供に運がない。呪われているのか? と言われてしまうだろう。

 不快に陥るのも時間の問題か、いやその前に大暴れをし、手が付けられないくらいに怒り狂うか。

 現実として湖妃に出会う前の陛下なら、雪妃に委ねれば容易く癒され静まってくれただろうにと思うが。

 ふんふん~と気ままな鼻歌を披露しながらやって来たのは見慣れた春鈴だった。

「一人か?」

「はぐれてしまいました! 真面目に探していたらですよ?」

 何とも悪びれたことなく言う彼女は探すのに飽きていそうだった。

 何を考えているんだ、春鈴は……。

 やはりこの昼の時間は意味がないと思っているのか、それとも美味しい物がないかと探しているのか、やれやれ……というのが顔に出ていたのか、ふいに横からふふふ! と笑らわれた。

「何です?!」

 そちらを見れば侍女を連れた雪妃が自分の部屋に行く途中だと言わんばかりにしている。

「これは……」

「大変ですね、と思いまして」

「はぁ……」

 と曖昧に答えつつも分かってくれるのか! この人は! と、それだけで志遠は少し嬉しくなった。

「もうお疲れですか?」

「いいえ、この昼の時間は意味がないのです。だから、夜にもう一度来て探したいのですが、それは今日じゃない日が良いと志遠様にご相談しようと思っていたのです」

 それは初耳だが? と顔に出ていたのだろう。

「では、決まったら教えて下さい。他には何か?」

 そう言った雪妃に春鈴は言う。

「今、善裕宮にいらっしゃるのは全員ですか?」

「どういう事だ?」

「いえ、誰か一人でも居なければこうして探す意味はないと思いまして。この時間なら誰か用事があって、居ないことも考えられます」

 それはそういう仕事をして来た者にしか分からないことだ。だがそれを全て把握しているような侍女の顔色を見て、雪妃は言う。

「そうですね、誰か一人は居ないかもしれません。それが原因ですか?」

「そうだとは言えませんが、その時間ならあるでしょう」

 どういう事だ? ともう一度聞くのも躊躇い、志遠は黙ったままでいた。

「それは隠されたということですか?」

 雪妃は頭の回転が早いようだ。

「隠す時間ができると言った方が良いでしょう」

 春鈴はその線で動いているのか、だとしたらどこに隠されたか探さなければならない。

 だが、春鈴は志遠が発言するより早く言った。

「それだけ分かれば良いのです。だから、そうですね。誰が今、居ないのか知る為にもここに一度並ばせて下さい」

「それは困りましたね、たくさん人が居ますよ?」

「なら、誰か一人でも良いです。この中に入って来る者を確認できる人を用意して下さい」

「それは雪妃様にお願いすることではない」

「では、志遠様がご用意下さい。私ではこの善裕宮の方達のお顔が分かりませんから全員のお顔を分かる方で、お願いします」

「それはそうだが……」

 そうなると誰が適任か……、悩み出せばまた雪妃が口を出す。

「では、やはりこちらでその者を出した方が良さそうですね。理由があるなら良いでしょう」

「ありがとうございます!」

 お前が言う事ではないと思うが、春鈴はこちらが思ってるよりもやる気らしい。

 それが分かれば良いか。

「では、また日を決めて参ります」

「ええ、誰が居なかったかはあなたに教えた方が良いかしら?」

「それは志遠様に」

 春鈴はそう言って下がった。


 永庭宮に着けば、春鈴は何もせずにいた。

「何をのんきにしている?」

「戻ってみれば、思ったことがあります」

「何だ?」

「あの雪妃様の舞を拝めると分かれば、すぐにでも人は集まったのではないかと」

「お前……」

 そんな事はできないと分かっているだろう? と諭す前に春鈴は言う。

「まあ、でもこの時間に居ない者は大体分かります。志遠様も思ったのではないですか? それが答えなのです」

 ということは身分の低い者になる。

 それが正しいかの確認がしたくて雪妃様にお願いしたのか。

「お前は一応分別があるのだな……」

「そうですよ、変な事をして大変な事にはしたくないです」

「では、いつが良いと思っている?」

「それは夜に行くとしたら……ですよね?」

「ああ」

「そうですね、月が赤い時期が良いので、もう少し先でしょうか?」

「そんなに?!」

「では、もう少し前でも良いです。ですが、絶対時間だけは指定させて下さい。月が赤くなる頃です!」

 またしても同じだった。

「どうしてそれほど『月が赤い頃』にこだわる?」

「それが好まれるからです」

 はっきりとそう言った。

 伏せるということは何を暗示しているのだろう。

 問うべきか。

 いや、答えならもう言っていた。

 綺霞か――。

「もし、持ち出されたとしたなら、そうしても良いと思った者に違いませんよ?」

「その口ぶりではもう分かっているような感じだが?」

「そうですね、でも間違いだった時が怖いので確実にしておきたいのです」

「それで私に誰が居なかったか分からせて、探れと?」

「私が出しゃばればすぐに分かってしまいますよ?」

 それは誰に? と思うのと同時に陛下が頭をよぎった。

「俺だったら問題ないと?」

「まだ……です。私より関わりがあるでしょう?」

「何故そう思う?」

「そちらにもお強いと思うからです」

「どちらに強いだって?」

「これはあちらの声がかなり大きくて、私が勝手に聞いたこと。まだ本当かどうかは分かりませんが――」

 それはこの噂話を聞いた時の状況だった。

 なるほど……それで……と言いたい所だったが。

「どうしてお前はその武官達が集う場所に居た?」

「いえ! かなり離れた所の草むらに隠れていたと言ったではないですか!」

「隠れてもダメだ。あそこは女人禁制のはず」

「ですが、良い匂いには敵いません」

 確かそこでは肉を大いに焼いていたと思った。

 風に乗ってでもしたか……。

「お前のその食への熱意は他に充てたらどうだ?」

「それが出来ていたら苦労していません」

 呆れた。もうすでに開き直っている。

「この事は伏せる。お前だけでなく、俺も怒られるからな」

 そういうことにしてこの話は聞かなかったことにした。

 だが、その武官の一人が例の物を知っていたとするとそこも探さなければならない。

 この後宮に居れば、本当は外に出れない。

 勝手に出たと知られれば、重い罰がある。

 幸い、その武官達は後宮近くでせっせと働く者達だ。

 行き来は他の所よりしやすいだろう。

 だとしたら、今そこにない物を渡すとかもできるかもしれない。

 いや、投げて壊れたらどうするだが。

 あの金の卵の時の物も確か壊れて捨てられていたとか言っていなかったか……。

 考え込み始めた志遠に春鈴はもう何も言わなかった。

 何も知らない者は勝手に行動する。

 良かれと思って、それは自分の為なのに、その人の為だという理由を付けてそうする。

 それは最終的に誰の為になるのだろうか。

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