国を変えども巡る定めは同じ。
それが運命だ。
もぐもぐと春鈴にしては珍しくあまり味わうことなく食べている。
どうだ? 美味しいか? と聞きたいところをぐっと堪え、志遠は春鈴の口の中が空になるのを待った。
そしてそうなった時、春鈴は口を開いた。
「これは余暉さんが作った物ですよね? 匂いで分かります。食べ損ねていたので食べれて嬉しいですし、そうだとしたら走って来た甲斐があったのですが、私が今走って来たのはこればかりではありません」
「何だ? お前はまたあの時みたいな厄介を持ち込もうとしているのか?」
「はい。察しが良いですね、志遠様」
まったく……と志遠はまた食べ始めてしまった春鈴を見た。
ここは永庭宮の中でものんびりとして居られる所だが、それが一気に仕事をする気分になる。
これが皇帝だったら気分を害したと言って部屋を出て行ってしまうことになるかもしれないのに相手はあの宦官様だと思って、こうしているのかもしれないと志遠はまた春鈴が食べ終わるのを待った。
そうしてやっと食べ終わると春鈴は話す。
「あの金の卵の時に聞いた『倒流香炉』の事は覚えていますか?」
「確か、白ではなく紅く染まる倒流香炉だったか」
「はい、綺霞という名も?」
「ああ、覚えている」
忘れようがない。
こうなった原因なのだから――。
「その倒流香炉が
「何?!」
吞気に食べている場合ではないというのに春鈴はそう言ってからのんびりと食べ出した。別に今全てを食べる必要はないのに、おかわりならここに居る余暉にまた作らせれば良いのだから。
「それと湖妃様は最近体調を悪くされ、その子もすくすく育つ気配がないとか。それはご存知ですか?」
「ああ……、だがそれは違う話だろ? 繋がっているのか?」
「さあ? それをお調べになるのは私ではなく、志遠様なのでは?」
まったく! 余暉が居るから本調子になれない。
「お邪魔でしたら、出て行きますが」
余暉にそう言われてしまったら終わりだ。
「いや、良い。大丈夫だ。変な気は遣わないでくれ。こいつのはいつもだ」
「いつも……」
顔は変わっていないが、余暉の声には驚きが少し混じっている。
「そうだな、たらふく食べただろうから、お前も付いて来い。春鈴」
「え?」
自分の名を呼ばれるとは思っていなかったらしい彼女は食べるのを止めた。
「あいにく今は九垓はいない。別の仕事をしているからだ。余暉にはすぐ帰ってもらうし、深潭もその九垓にくっ付いている」
「どんな仕事をなさっているのですか?」
「誰もやりたがらない仕事だ」
「それは緑妃様の事ですか?」
違うとは言い切れない。この後宮を良くする為にも彼女達の死は無駄にできない。
改善できるならするが、それとは全く違う事だ。
「毒見だ」
「毒見!」
何故か春鈴は声を弾ませ言った。
きっと珍しい物だからするんだ! とその顔は言っている。
そうだな……と思う。
普通ならその辺の者で良いのにわざわざそこを使うんだから。
「お前には関係ない物だ。好奇心で見に行こうとするなよ?」
「ぶ~……と言っておきましょう」
少し不機嫌になったと思えばすぐ春鈴は元の表情に戻る。
調子の良い奴だ。
「それで善裕宮にはいつ行くのです?」
「そうだな、それは少し考える」
「そうですか、決まったら教えて下さい。それまで私はこのような美味しい物と噂話に
「その前に勉強だろう? 字は書けるようになったのか?」
「うっ、それは……。ですが、それよりも今はそっちでしょう?!」
「それで俺を助けてくれるのなら良いが、そうでなければ」
「分かりましたよ! 今回は助けてみせますよ!」
逃げる口実だ。と分かっていたが志遠は思わず笑っていた。
綻んでしまう。してはいけないのにもう無意識にやってしまうのだ。
それを余暉に悟られたくないのだが――、気付けば余暉の姿がそこになかった。
参った。
そう思うこと自体おかしいが、自然とそう思ってしまう。
「どうしました?」
「何でもない」
気にしているのは自分だけ。
どうしてこうなのか、志遠は春鈴を見る。
だが彼女はまた新たに箸を付け、それを味わうだけだった。
「他に、何か関わりがありそうな事はないのか?」
「そうですね~、気になる事というか、その倒流香炉は夜にならなければ出ません!」
「何だと?」
志遠の勢いに春鈴は少したじろいだ。
「やはり、しっかりはまだご存知ではなかったのですね。あれは昼にはただの白い煙しか出ないのです。その夜、いつかは分からない時に出るのです」
「やけに詳しいな……」
「噂話ですけどね」
それをたんと調べて分かっていたからこんなにのんびりと食べているのかもしれない。
「では、その頃には九垓も一旦戻っているかもしれないな……だとすると、お前と一緒に行かなくても良いということになる。夜になるにはまだまだ時間があるからな……」
「そうですね……」
何故か春鈴はしゅんとした。
何がそんなに悲しかったのか、普段の春鈴と少し違う気がする。
「どうした?」
「いえ、何かあったとしてもそれでは助けると言った先ほどのことができないと思いまして」
「気にするな、お前に何かあった方が恐ろしい」
え? という顔になるのを見ると、変なことを言ったらしいと察する。
「あくまでも、この永庭宮の者としてだぞ?! 他に意味はない。心配するのは当然だ」
「そうですか……」
と少し納得して、また食べ始めた。
余暉が戻って来たのはそれからまたしばらくしてからだった。
どこに行っていた? と問えば、ここの裏に美味しそうな野草があったのを思い出し探していたと言う。
「そんな所にもあるのですね~、勉強です!」
と、その熱意を字を書ける方に向けろと志遠は内心思っていた。