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明くる日

 自分の部屋の周りをコソコソと動く者あり。

 誰だ? と志遠が見れば案の定、春鈴だった。

「何用だ? こんな所にまでやって来て」

 その声に反応した春鈴はすくっと立ち上がり言った。

「お土産はどうなったのでしょうか?」

 やはり、こいつにはそれしかない。

 呆れつつも毎度の事で怒る気もなく、志遠は言う。

「ほれ、土産だ」

 それは普通の小さい筆とほんのり甘そうな菓子だった。

 わーい! と喜んで春鈴はすぐに引き下がった。

 まったく……、変わらずで面白い。

 志遠は九垓を呼び、話をすることにした。

 昨日自分がして来た事を。そしてそれはすぐに陛下に伝わるだろう。


 その日の夜、またしても春鈴は志遠の部屋に来ていた。

 だが、彼女の表情は朝のものとは違い、少し腑に落ちてない。

「どうした?」

 と志遠が声を掛ければ彼女は言う。

「志遠様が発端なのですか? あの緑妃様と仲良しなあの者を離れ離れにすると聞きました」

「明明の事はもう広まっているか……」

「はい。聞いた時にゾッとしました」

 何故? とは志遠は言わなかった。ただ顔にそれが出ていたのだろう。

 春鈴は言う。

「そうして、私の時のようにするのですか?」

 彼女は自分が主と離れたことを言っている。

 それはすぐに分かった、何故ならそれは昨日自分がして来た事だったからだ。

 すぐにやらなければならないと思い、手紙のやり取り続きでは埒が明かないと判断し、あの春鈴を自分の娘としてこの後宮に来させたとされる貴族の家に赴いた。

 そこは皇帝陛下の異母弟であることを前面に出して、どうにか乗り切ったが、今度ばかりはそうはいかないかもしれない。

「何故、それでお前はぞっとする?」

「あんなに仲良しなのに離れ離れにしたとて、抜け出して来るかもしれませんよ? 緑妃様だってこの後宮を去るのでしょう?」

「いずれな……」

 それはまだ口外してないはずだが、こいつはどこでそれを知った?

 まさか九垓が思わず漏らしたか……、いやそんな事はしないはずだ。

 なら、今しがた自分がはっきりと口を滑らせたからか――。

「その確認をしてどうするんだ? お前は」

「どうもしません。ただ、そう言ってあなたに気付いてもらうことはできます」

「何を考えている?」

「これから起こる事をぼちぼちと」

 それは自分の食欲が関係しているからそうなっているのか? と訊くのが馬鹿馬鹿しくなった。

「どんな事が起こると思う?」

「言いたくありません」

「なら、言うな。俺に言ったとしてももう何も変わらない。そうならないようにこちちらは動いていてもどうにもできない時がある。それが今だ。あまり首を突っ込むな」

「それはご忠告ですか?」

「そうだな……」

「そうですか。分かりました、ありがとうございます。ですが、本当にこれで良かったのでしょうか?」

「決めたのは陛下だ。私はその案を言ったまでのこと。どう転ぶかなんて誰にも分らんよ」

「そう言って、あなたは責任を逃れるのですね」

「そうしたいとは思わない。ただ、今はそうなってしまう。どんな事をしてもな」

「じゃあ、そうならないように振る舞えば良いのでは?」

「それをしたら、お前は俺をどんな風に見るんだ? カッコイイ~! とはならんだろ?」

「そのように思われたいのですか? 志遠様は」

「違う! それは違う! 話の例えだ」

 苦しい言い訳だった。

「そうですか、分かりました――」

 去ろうとする春鈴に志遠は言った。

 それは二人きりだったからかもしれない。

「私だって出来るなら救ってやりたい。だがな、この後宮では不可能だ。陛下の子を成す為にあるここでそれを否定することは許されない。一大事になる。けれどその者同士としては一理あるのではないだろうか? とも考えた。子が出来ぬよりは良いと考えたら――おぞましいと思った」

 正直に春鈴に話していた。

「この外に出ても同じだとは思うが、時代がそこに追い付くまでにどのくらい掛かるか考えたものではない。けれど、愛した人の子なら半分他の子でも愛せる気がするのは納得する。だが、ここは後宮なんだ。それが許されない」

「あなたの思う百合の色は何なのですか?」

 唐突にそんな事を言われ、考えられなかった。

「分かりました、今日は朝にお土産を頂きましたからこれで下がりましょう」

 春鈴は答えを聞かずに出て行った。

 時々おかしくなったんじゃないか? と思う時があるが、あれはあの父も居なくなることを知っているのだろうか。そこまでは言っていないのにそうなってしまった。

 自分の言葉一つでそうなって行く所だ、気を付けなければ……と思ってもそうなって行く。

 百合の花か……その色で違う花言葉は何だったかと思う。

 考えたくもない。

 穢れているのか、清いのか、心が決まっていたとしてもそれは自分では判断ができないのだから。

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