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月夜の蓮摘み

 月夜の蓮摘みとは永華の曾祖父の代から続くもので、そこから後宮の百合は禁じられた。

 だからこの後宮ではもう百合は一切見られない。

 それには訳があるが、それを考えている隙はなさそうだ。

 この後宮にしか蓮はないから、それに参加する為、人は集まる。

 陛下の隣には未だ正式な妻はなく、子を成した湖妃と手付きとなった緑妃が近くに居るだけだ。

 寂しいものだと人は言うが、それを本人が望んでいるのだ。仕方がないだろう。

 小舟に人が一人乗り、昼までは見事に咲いていた桃色の蓮を摘んで行くのを見るだけの退屈なものだが、今宵は月がないせいでそれぞれの微かな明かりから照らされもしないのを見ることになった。

 陛下もその顔が退屈だと言ってはいるが言葉では発しない。

 発するのはそれを見て、何かを思うものだけであろう。

「あの蓮は食べられるのかという顔をするのはよしなさい!」

 という聞き覚えのある声が遠くの方から聞こえた。

 そのくらい彼女の声は明瞭だった。

「あれは君の所の瀏亮ではないかね? と言われなくて良かったですね」

 と、こそっと後ろに控えるようには見えないようにしている九垓が言って来た。

 別にもうそれは良いのだ。

 それより……と志遠はその九垓に言う。

「あれはちゃんとやっているのか?」

「はい、仰せの通りに」

 これは誰にも聞かれてはならないが、この好機だ。とくと見ようではないか。

 あの乗っている人は女性か、あの顔ではなかなか陛下も心動かされるのではないか? という人々の関心はそちらでも、こちらの関心はその者よりも摘まれて行く蓮を悲しそうに見つめる者達だ。

 きっとこうしてじっと見ていては気付かれる。だから目の端に入れられる場所を予め旭から仕入れていた。本来ならば、あの瀏亮が居る場所がそうだったのだが、もう少し宦官として頑張りたいのです! と言ってみれば容易くそれは叶えられた。いや皇帝の腹違いの弟としてあそこに行けば良いのだが、そうするといろいろと不味い事になるかもしれないから……と考えると毎度同じ事をしているように思う。

 それに気付かれ不味いのは悪さをしている奴だけだ。それは自分か……兄上の思いを知っていながら、春鈴という者を庇っている形になっているのだから。

 それが後ろめたさにもなっていて、あまり人目に付きたくないだけかもしれないが、彼女はそれを軽く超えて目立ってしまう。

 まるであの方のようだ。

 全てを知っている、自分と同じ運命を行く彼女――最後の蓮が摘まれた。

 それは全てではないが、陛下が見渡せられるその場所の範囲で見れば全てとなる。

 明日以降、摘み損ねた物をまた摘むのだから問題はない。

 そうして花は人の身体へと巡る。


 皆が解散してこの場に残っているとひょこっと春鈴がやって来た。

「志遠様!」

「何だ?」

「今日の昼に言っていたことをしたいと思って!」

「あれは……」

 まごまごする。

 今日はしなくて良いと言ったではないかと言えれば良いが、隣には九垓が何の事です? と聞きたがっている顔をしていた。

「まあ、良いか。俺はこいつを一人前にして来る!」

「それはその……どういう意味でです?」

「どういう意味?」

「大丈夫ですよ、この子ったら何やら字の勉強をしたいと急に自分から言って来て、そしたら志遠様が教えて下さるとのことで」

「ほ~う」

 後からやって来た瀏亮の言葉に救われた! と思ったのに九垓と来たらそれは理由にしてはいささかという感じで答えて来た。

 それに瀏亮も瀏亮でその意味にもう一つ含まれているような感じを受け取っている。

 まさか……俺が、こいつを? ありえない! と以前なら即座に言っていたのにそれが出来ないまでになっている。

 何故だろう、あの満月だったかの夜から本当は気付いていたかもしれない。

 猫よりも本当は、それだと認めたくなかっただけかもしれない。

 まだ覚悟が出来ていない。

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