この者はどこの者だろう? と思っても、それはどこだと人に聞かなければ分からない。
それはこの後宮に人が多く、
それでも仕える者は主の好きな色を好んで着るし、その主もまたその色を着るから実に分かりやすくなる。
それにその主同士でも身分の差等で自分の好きな色が被っていてはいけないと嘘をついて重ならないようにする時もあるから実にきっちりと分かれており、自分自身が好きな物を好きなだけとはいかないがそれなりの決まりに従って、自分はこういう者だと主張し、取り入ってもらえるように着飾るのだ。
少し鼻の先を見ればゆっくりとたおやかに歩く二人の女がいた。
銘朗宮の響妃が去ったことで新しい妃が入り、それに塗り替えられるのは至極当然の事だが――。
「
「そのようですね、そのすぐ後を歩くはその侍女、
九垓の答えに志遠は黙る。
すぐに手付きにならないと思えば、その数日後にはそうなっていた。
焦る気持ちがそうしたのか、まだ子がどうのという話は出ていないが、すでに新たな名を与えられた女を志遠は見る。
その色はその名の通りであり、それに付き従う彼女もまたそれに似つかわしい色を着て、彼女に付き従うことこそがこれ幸いと顔を綻ばせ歩く。
あの話には何と書いてあったか……。
気になり、書庫に一人調べに入れば、うふふ~! と何やら楽しそうな女の笑い声がする。
色気がないことは当然のことだが、これ誰かと覗けば、それは春鈴だった。
「お前が何故ここに?」
「は! 志遠様!」
すぐに気付く所を見るとそれはいけない事だと認識してるような気がした。
「ここは別に禁止されてないはずです」
「そうだが……何だ? それは」
春鈴の手にしている物を見れば隠したいと思ったのか微かにそれが動いた。
「え、っとぉ……勉強です!」
嘘をついているのがすぐに分かるものだった。
「……勉強ね~、お前が瀏亮に教わっている字の方はどうなっている?」
「え? いえ、普通に……まあまあ」
「歯切り良く言うと?」
「書けるようにはまだなってはいませんが、食べ物の事でしたら完璧に読めるようにはなりました!」
「はぁ……」
ダメだ。これでは旭に合わせる顔がない。
「少し俺が教えてやろうか?」
「え? それは皆が寝静まってから! ということですか?」
「えっ? まあ、そうだな……」
呆気に取られた。
どうしてそんな事を言ったのか、それはあまりにも無謀だった。
それにこんな所を見られたら誰に何と言われるか。
なのに、春鈴と来たらウキウキしたような喜んでいる節が至る所に見受けられた。
きっとその手にある宮女には必要のない食に関する物について知りたいと思い、言って来そうな気もしたが、それでも良いと思えるのは何故だろう。
自分の調べ物もしたいと、志遠はそこを離れた。
今晩が楽しみですね! と明るくほふほふと春鈴は言って来たが、何が楽しみなんだとこちらにしてみれば厄介に巻き込まれた気がしてならなかった。
それに今晩は……月夜の蓮摘みだ。
今宵はできないとその理由を尋ねて来ない春鈴に志遠は問う。
「お前、知っていたろ?」
「え? 何の事ですか?」
素っ気ない態度にからかわれたのか? この私が……と意気消沈しそうな所で春鈴はそれも時間の問題ではないですか? と言った口の利き方をしたように思えた。