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収束

 翌日、志遠は生きているうちに会おうとあの響妃の所に来ていた。

 別に春鈴が言ったから気になったわけではないが、真実は生きているうちにしか聞けないからだ。

「こんな姿になってもまだ会いに来てくれる者がいるなんてね……」

 そう言う彼女はもう着飾る必要もなく、ただその日を静かに過ごしているようで死に対する怖さだとかは感じられない。

「今日は少し昔話でもしようかと思って来ました」

「あら、良いわね」

 そう言って楽しそうに少し笑う。

 そう見るとこの人はまだ普通に生きられるような気がした。

 けれど、彼女はその定めに従うのだろう。

 だからこの牢屋のような部屋から出ない。

 誰かが助けてくれると期待しようにもその助けてくれる者全てが彼女と同じようになっているのだから、早々にあきらめもついてそれしかもう道がないのだと思わせてくれるのだろう。

 まだ陛下の怒りは静まらないのかしら……なんて馬鹿げた発言ももうないようで、彼女は志遠が導いたその話をするしかなかった。

「――ああ、そうよ。あの部屋に入れなかった理由。当たっているわ。物が勝手に動き、邪魔をするなんて……これが金の卵に関係しているかなんて誰も聞かなかったわ。それよりもあの頭蓋骨はあの子のものじゃないだろうな?! と怒られたりもしたわ……。無くなっていたんですって」

 それは土に還ったのだろう。この国はずっと土葬だ。それがどうした? とならないのはその赤ん坊が完全な骨だけになるまでにはまだそんなに時が経っていなかったのとこの騒ぎを知るきっかけとなったのがあの流火の件が起こる少し前、気になる事が――と陛下の耳に入ってしまったからだろう。そうして、あの流火の件に流れて行くのだが、今はそれよりもこの為に誰かが土を掘り起こし盗んだか? となる。

 だが、一応は片付いた件を志遠として再度引き合いに出すのは違う気がするし、そういう物言いなら彼女は本当に知らされていなかったことになる。

 陛下の子はたくさん死んでいる。それも生まれた時は違えど同じぐらいの生存期間で後宮の外にある墓所は陛下の血を引く者だけが入れる場所だ。だが父は同じでも母はそれぞれに違い、身分などのしがらみもあり、お互いそれなりの距離を保って許可された所に我が子とすぐに分かるように小さな墓碑とは別にそれぞれの母が思い思いの植物を植えていたが、ちょうど掘り起こされていたのがその響妃が植えた所だったのだ。もし誰かが違う子を入れようと思えばできるが……そんな酷い事をするだろうか。

 確かその場所は管理する者がいたはずだ。そいつが自分の仕事を怠っていなければそんな事は絶対に起こらない。

 邪な考えを払拭し、そのきっかけを与えた初めを知る事にした。

「その水袖は誰に習ったのですか?」

「間違っても雪妃せつひではないわ!」

 威勢良く響妃は言う。

「同じように習得しようとしていた波妃がいたけれど、それよりも自分は上手くて安心した。下手な者と比較されれば都合が良いじゃない。自分を良く見せれるもの」

「なるほど……」

「まあ、妃の居ない永庭宮に住むあなたに言っても、この気持ちは分かってくれないでしょうけど」

「どういう事ですか?」

「こんな風に荒れ果てれば陛下も少しはこちらを見てくれるかもしれないと思ったけれど違った。寂しさから来ていると知ってほしかった。けれど陛下の心はもう、今度生まれる湖妃の子にしかなくて、ふふっ――湖妃もきっと私のように愛されていないわね。生まれる子がどんな子か気になるわ……」

「その子がまた同じ末路を辿るのか? ということで、でしょうか?」

「そう願う者がどうなるかくらい、今の私にだって分かります。あら……?」

 やっとその眼は志遠を捉えた。

「よく見れば、あなた陛下に似てらっしゃる……」

「とんでもない!」

 そう言うしかなかった。何て事を言うんだ?! と驚いて見せて、それは間違っていると印象付ける。

「でも、確かに……そういえば、そんなお顔の方を見た気もするわ……陛下よりお若くて、あまり見てはいなかったからそんなに思い出せないけれど……」

 それはつまり陛下が一番だからこその行動で腹違い弟の存在を知っていてもその顔を覚えることはなかったということだ。

 しばらく考え込ませてしまったが、やはり彼女はその顔を思い出せないようだった。

 志遠としてはほっとする出来事だ。

 これであなたは陛下の腹違いの弟の永華様ではなくて? と言われ、陛下にそう言ってくださらない?……とかになったら実に面倒だ。

 これ以上思い出させないように志遠は言う。

「では、本当に物が勝手に動く理由は目に見えない速さであなたが水袖舞のそれを利用し、人を寝台に近付けさせないようにしてその金の卵ならぬ頭蓋骨を模したあの金の物を守る為に物を投げていたからですか?」

「そうね……そんな事は出来ないと思っているでしょう?」

 ついついこちらの顔を再度覗き見られて志遠は顔を引っ込めたくなったが我慢した。

 そんな事をすれば陛下の異母弟だと今度こそ分かってしまうだろう。

 だが彼女は窓のない部屋で窓があるかのようにその方の壁を見た。

 その方向にはきっと我が子が眠っているに違いない。

「それが出来てしまったから、こうなってしまったのかもしれないわ」

「それは胡坐をかいたということですか?」

「そうね……、それか……」

 ――綺霞という名前が響妃の口から出た時、そっと志遠は気付かれないように笑っていたかもしれない。

 そうなる自分には一つの真実があった。

「では、その噂話に出て来る仙女が原因だと言うのか? やはり」

「はい」

 実に馬鹿馬鹿しいと兄の天華は報告しに来た異母弟の永華に言う。

 だが、それは現実で実際に起こった事だと、この綺霞が出したとされる金が裏付けしている。

 この数日間であらゆるものが一気に片付いて行った。

「違いないと言える物でもないが、そうだとして何か分かったか?」

「はい、金の卵同盟とやらがやはり動いているようで、今し方、響妃に会い、あの大量の器を運んで来る仕事をしていた者の中に先日捕まえたこの者も居たそうです」

 その者に似た絵は捕まっている絵描きの爺さんに代わり、その息子が描いた物だが兄上としてはそんな事はどうでも良いとしてさっと見ただけに留まった。

「それでこの後宮の方にも金の卵が広まったようです」

「それは何とも、隠し持ってこの後宮に入れたということは宦官か、またしても……。で、誰がこの中に通したか? 探さなくてはならないな?」

「はい、ですが、この者の近辺を探しましたところ、兵の中に一人この男の身内が居りまして二日前ほどに自分が手引きしたと吐きました」

「それは良かった」

 にっこりと兄上は笑った。

 それは温かみのあるものだったが、決してそんな理由ではない。早くこの金の卵の事が終わりそうで良かったということだ。

「前にお話した通りの事をしている輩の集いだと聞きました。信じているからこそやっていると」

「それは何ともご苦労な事だ。それではこちらも願いたい! 自分の子を思うあまり馬鹿らしい事をしない者が欲しいところだ!」

 大層ご立腹だ。

「響妃と言ったな?」

「はい」

「響妃はまだ元気だろうな?」

「ええ。ちゃんと受け答えはできましたが……」

 嫌な予感がする。

「そうか……」

 またしても笑っている。

 本当に怒ったら何をしでかすか分からない方だ。

 いや、分かっている。

 それは事実だ。春鈴に言った通りになる。

「ハッ、あの金の出所が普通の金なら良かったのに……」

 そう呟いて、陛下はその数日後には響妃を処罰した。

 見せしめだ、その口から『綺霞』を出させた志遠にはその現場を見せても良いと言ったが、志遠は断った。

 あんなものを好き好んで見るのはきっと狂った人間だけだろう。

 金の卵同盟はそれから誰とも知られず逃れるはずもなく、一人残らず捕らえられ、その繋がりを明らかにされた。

 上手い話は長くは続かない。

 あの露店の男も捕まった。

 連行され歩かされていたその露店の男と少し目が合った時、大層な怒りを感じたが慣れている。

 それから間もなくして、あの絵描きの爺さんは何とか自由の身になれたがずいぶんと弱っていて、もう絵描きの仕事はしないと息子に言い、隠居したようだ。

 広まってしまった金の卵は見つけ次第、その金の価値以上の金子と交換ということでそれはわんさかと集まった。

 そうしていればいつかこの国からそれはなくなるかもしれない。

 隠し持っていれば、もうあのようになるという見せしめがあるのだからそれは特効薬になるだろう。

 だが、さすがにこの流れは心身に大層な疲れを催して、癒しが欲しくなる。

 またしても夜、明かりを持ち歩いていれば、春鈴がその月に向かって、ただぼーっと明かりも持たず立っていた。

「何をしている?」

 その声に気付き、はっとなる。

「これはこれは志遠様。金の卵は終わりましたか?」

「ああ、だが、その何だ? 九垓みたいな言い方は?」

「いえ、私より九垓さんの方が好きかと思って」

「何でだ?」

「よく話しているのを見かけますので」

「それで、どうしてそうなる?」

「そんな感じを受けましたので」

 まったく、誰が好き好んであの九垓を選ぶのか。

「お顔が……お疲れのようですね」

「ああ、まあ、あれからすぐだったからな。その前からこちらも動いていたし」

「金の卵を食べれなかったのが悔しいです」

「そんな事を大声でもう言うなよ? 終わった事だ。それを言ったら、どうなるか、馬鹿ではないだろう?」

「はい。分かっていますが……味見くらいはしたかった……」

 そう言って、本当に一筋くらいは涙をその目から春鈴は流した。

「泣くほどか?!」

「はい、だって、志遠様は私に美味しい物をくれると言いながら、ものすごく不味そうな薬をくれそうになったではないですか。そりゃあ、あの花茶は美味しかったですよ! でも! 雨露さんにはお金をたんまりあげといて、私にはないんですか? 何も! あ! まさか、あの三点がそれだと?!」

「違う」

 思わず口から出ていた。

 いや、そうだと言ってしまえば良かったと思ったのはもう遅く。

「では、何か良い物を下さい。それで許してあげます!」

「許すとはどの口が言うか!」

 ぐにに……! と思わず、明かりをそこら辺に置いて春鈴の両頬を痛い! と騒がない程度に引っ張っていた。

 これはどうしたことか! と思った時には、春鈴の両のほっぺは少し赤みがさしていた。

「いや、すまん。つい……」

 それで許されるのか分からないが、一応は謝った。

「もっとやったら絶対に許していませんでしたが、そうですね……何でもこの後宮には隠れた美味しい甘い物があるそうじゃないですか! それで良いですよ!」

「何だ? それは……」

「さあ?」

 知らないで言うとか、こいつはバカなのか? そんな目で志遠は春鈴を見た時だった。

「あ!」

 春鈴の声が今までとは違うものになった。

 何だ? と思う志遠のことを春鈴は見た。

「きこえる……。聞こえます! はっきりと! こっちです!」

「だから何がだ?!」

 急に走り出した春鈴を追って、志遠も走り出していた。

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