一応の報告を終えると九垓が外で待っていた。
「どうした?」
「少し不安になりまして」
「大丈夫だ。その金を食べてみろとは言われなかった。この薬も必要なかった」
「その薬は?」
「自分で作った物だ」
前世以前の記憶を頼りに作ったとは志遠は言わなかった。
その知識は少しは役に立っている。
だが、それを信じる者はいないだろうし、それと同じ事なのだ。
「あの噂の仙女が出したとされる金は陛下の信頼される者に調べさせるということになった。それで本物だとした場合、一気にこの話は片付く」
というのも、あの兄上はそういう話が大嫌いだ。自分のせいもあるだろうが、それを信じようとしない。だから誰かが責めを負うことになるかもしれないが、それはたぶん我が子を愛して! というような発言を繰り返す響妃が受け持つのだろう。自分の子だろうが、それは俺の子でもある! と言って、何やかんやと波乱に満ちた喧嘩というかその怒りの先にやって来る理不尽な結果が目に見える。
それを止めるはずの者はいるにはいるが、その声を聞こうとしない。
それもたぶん自分のせいか――と思いつつ、旭が近くに居ないことを志遠は心配した。
お前は見たか? と九垓に問えば、いいえ……と答える。
どうしてあれは居なくなるのか、また不思議に思った。
それでも兄上は何も言わない。
おかしな事だ。
そうして、その金が本物の金だと知れると国中のその金をどうするか? という話になった。
これは財を成すものというより、願掛けのような物だとしても本物の金はまずいというのが争点で、金の卵同盟にしてもそれをやってる奴を捕まえて見せしめにするのはどうかとかそういう物騒な話が続いている折だった。
疲れた……と一人、志遠が部屋の方で休んでいれば、良い顔をした九垓が一人ひょこっとやって来た。
「何だ? その顔、とても喜んでいる」
「ええ、分かります? あなたの為にご用意した物がやっと今日揃ったんです!」
じゃーん! とまではいかないが、そんな気分の上がり方で九垓はこそこそとそれらを志遠の部屋の中に運んで来た。
「一人で持って来たのか?」
「当たり前です。他の誰かに持たせれば何事だ? となるでしょう?」
「お前が一人でそんな事をしていてもそうだと思うが……」
「趣味だと言い張りますから、ご心配なく」
「趣味ねー」
絶対そんな事をしなそうな九垓を志遠は横目でじーっと見る。
「いやいや、嘘はいけませんね。まあ、分かりっこないってことですよ! あの器ももうどうとでもなれ! とはなりませんでしたが、自分のお金から出すことになったし。それで問題なく終われば良いってもんです」
「まあ、大変だな。その点、雨露にはいろいろ礼を込めて返せて良かったが」
「今度からは志遠様の所から借りますよ。こんな痛い目はもうごめんだ」
「お前が勝手にやったんだろ?」
そんなお気楽な会話も久しぶりだとして、良い気分転換になったと思えば、九垓はまだ部屋に居る。
「何だ?」
その顔はまだニヤニヤしている。
「気持ちが悪いぞ?」
「いえ、ちゃんと春鈴にお渡しできるか見ていましょうか?」
「いや、良い」
断っても尚、その瞳は楽しそうに輝いている。
「分かった。今、渡して来る。それでお前はどっかに行ってろ。邪魔だ」
「はい、物陰から」
無言で鋭く九垓を睨んでやった。
「分かりましたよ。自分の部屋で大人しく待ってます」
こくりと頷くと志遠はそれらを手に持って春鈴を探すことになった。
どっちが主だか分からない。
とぼとぼ歩けば、彼女は回廊の途中に一人で明かりも持たずに立って居た。
彼女が見る先を見れば、少し前まで赤かった月がもう黄色くなっている。
その姿は何やらしおらしく、元気付けたいと思うものだった。
「どうした?」
九垓に声を掛ける時よりも無意識に優しく、志遠は春鈴の横顔に声を掛けていた。
「あっ、志遠様! どうもしないのですが、あの! その楽器は?」
「これか? お前が欲しがっていた物だ」
ほら、と志遠は興味津々に近寄って来た春鈴にその三つの物を全て渡した。
「ずしりと……ありがとうございます。一度に揃ってしまいましたね」
「何だ? そうなるのは嫌だったか?」
「いえ、ありがたく……」
頂戴してくれて良かった。
「ですが、これはどうやって運びましょうかね?」
「お前には少し無理か。そうだな、俺がそこまで運んでも良い。少しは暇になったから」
はて? という顔を春鈴はする。
「では、あの鶏卵屋の人はどうなるんです?」
「お前の耳にも入っていたか……」
「はい、噂です。でも聞いてはいけない事だとして皆、黙っています」
「それは利口だ」
それなのにこいつは言ってしまう。
「そうだな……そのようになるんじゃないか?」
その噂がどんなものか知らないが、そうなるとして分からせるものだ。
嘘だったとしてもそれは如実もなく広がる。
金の卵同盟と同じだ。
「では、響妃様も?」
「ああ、同じだろう」
しばらく無言になったかと思うと春鈴は琵琶以外をどこかに置きたそうに周りを見て、良い所を発見したのか近くにあった腰掛けるにちょうど良い所に絵を描く物一式と花茶を落とさぬように丁寧に置くとその隣に静かに琵琶を抱え座った。
弾き出すのかと思いきや春鈴はそのまま志遠に話し掛けて来た。
「あの志遠様は響妃様がどのようにして、ご自分の部屋へ入らせないようにしていたかお分かりになりますか?」
「さあな?」
噂でそこまで把握しているか。だが、そんなものを今更解いても意味がない。何故なら彼女はもうそうすることなく終わるのだから。
なのに、彼女は楽しそうでもなく考え付いたまま言う。
「水袖舞だと思うのです」
「水袖? とはあれか、踊りの一つの」
「はい、それはそれは
「何故それを知っている?」
「波妃様と密かに練習を重ねてらっしゃいましたから」
そう言うと春鈴は静かになった。
何故かもう声を掛ける気にはなれなかったが、この静寂が苦痛過ぎて志遠は声を出す。
「お前のその腕前を聞こうか?」
「はい」
春鈴は弾く。
それは上手いという誉め言葉に括られない。何ともこの場にあった調べだった。