響妃に会いたいと言えば嫌だとは言われず、響妃の部屋の前まではすぐに通された。
だが、その中へとは行けなかった。
一歩でもその部屋に入ろうとすれば脱兎の如くゴロゴロと高級そうな小壺が一つ、志遠の足元目掛けて転がって来た。
上手くかわせたがこれは危ない!
「いつもか?」
「はい」
ここまで案内して来た響妃の侍女が答える。
「お前が言っていた事が分かった」
無言だったが一緒にやって来た九垓は何度も遭っているのか、もう笑うしかないと困りの果てにやって来たそれで笑いを堪える為に何とも変な微笑になっていた。その腹の内は何とかして下さい! 志遠様! なのだろうが――。
「響妃様の食事や着替えの時などはこうではないのか?」
「はい、響妃様に呼ばれた時だけは何事もなく入れるので、お世話をさせていただいております」
「そうか、それが終わるとこうして?」
「はい」
慌てることのない響妃の侍女は礼儀正しくそう言う。
それもおかしな所なのだが、困ってしまうな、こうなると――そうする理由を探さなくてはいけなくなる。
はぁ……、息を一つ気付かれないように志遠は小さく吐いた。
言わなければならないことがある、九垓の話を聞いた時から思っていた。
だが、それを言う機会がない。
「志遠様、どうなさいましょう?」
九垓のその言葉は志遠にとって良い合図となった。
「そうだな……」
あの響妃の願望絵を見てみたいと思ったが、それは酷だろう。
「陛下がもし来られたとしたら、困るだろうな」
「へいか?!」
急に中から女の声が上がった。
「そうですよ、あなたは禁じた願望絵さえもこのように転がしたそうですね。それはつまり、陛下への
「しないわよ! それにもし、陛下が来られたら分かるもの! こんな風にはしない!」
まるで少女のような言い方だった。
だけれど、彼女は確か旭より若干年上だったはずだ。
「そうですか、では少しばかりお話を致しましょう。お聞きしたい事があるのです」
「嫌よ。あなた、誰?」
やはり、覚えていなかった。
顔を見ていないからではない、声さえも忘れられている。
気落ちなどせずに志遠は宦官として響妃に言う。
「私は、志遠という永庭宮の宦官です。先日、こちらから私の所の九垓が名産品を二つ借りたようなのですが、それがなくなり、無事こちらに返っているか確認したいのと、この銘朗宮の中には名産品である器があり過ぎる。確かに銘朗宮は昔からこのような名産品の器などを保管する場所として使われていましたが、ここまでとは知りませんでした。何故こんなにも増えているのですか?」
純粋そうな率直な質問をしたつもりだった。
「知らないわよ。勝手に増えているのよ、誰が望んだか知らないけれど、私が望むのは一つだけ、陛下への愛の証である我が子だけよ」
「それは何ともご立派だと思いますが、あなたは今、隠している事があるのではありませんか?」
「ないわよ!」
あの時に聞いたようなしっかりと意志の強い彼女に合った声になって来た。
「あなたは羅漢床には絶対近付かせないようですね? それは何故です」
「知らないわよ!」
「何かを大事そうに抱えているとか聞きましたがそれは何です?」
「言いたくないわ」
彼女の答えを聞いて、皆黙ったままになっていた。
それは誰もが今まで一度も超えてはならないと思っていた事だったからだ。
これはきっと志遠である永華にしか出来ない事だった。
自分はこの中の誰よりもその身分が高い皇帝陛下の異母弟なのだから、皇后がいない今、この妃達よりも上の立場だ。その身を言ってしまえばきっとすぐに終わるのにそれが出来ない。
そんな事はしたくなかった。
こうしてやって来た意味がなくなる。
そんな愚かな事だけはしたくなかった。
「響妃様、あなたは今言いました。その『言いたくない』ということは、理由があるということです。お話をしましょう。怒りはしません。誰も」
「でも……」
響妃はまた少女のようになり、口ごもった。それはつまりそういう人がいると言っている。
そうする人はきっとこの場に居ない人なんだろう。
大丈夫ですよ……と言いたくなったが、事の次第ではそうは言えない。
「正直に言えば、何かが変わるかもしれない。やってしまった事は覆せないんです。それだけは分かっていただきたい」
「それは……そうね。分かったわ、言うわよ。これよ! これを持ってたの!」
そう言って、姿を現した響妃の手には見るも眩しそうな金色の小さき子供の頭蓋骨のような物があった。
「それは?」
「人の頭蓋骨を模した金色の物だわ」
あまりに見た通りの正直返答に言葉を失ってしまった。
「そうですね、それの意味は?」
「これを持っていると願いが叶うんですって。ここに居る皆が持っているわよ! まあ、アタシのようにこんな頭蓋骨はないでしょうけど!」
ここまで案内して来た侍女だけでなく、銘朗宮の者全員が戦慄していた。
「持っているのか?」
侍女に訊けば、何も答えない。
「言え」
冷たく鋭く言い放った。
「はい、ですが、私達はその……卵です。あのような大きさではなく、小さい……」
「出せ。それが本物でも偽物でも関係ない。その物をどうやってここまで持って来た?」
「それは……」
侍女の目が一瞬だけ辺りの器を見た。
それを志遠は見逃さなかった。
「この中に入れて持って来たか? 小さい卵なら余裕で入る。この小壺の中でもな!」
語気が強く荒くなってしまった。
別に叱りたいわけじゃない。ただ示したいだけだった。
なのに、彼女は笑っていた。
これからどうなるか分かっているだろうに、それでも響妃は笑っていた。
けたけたと可笑しそうな顔を歪ませてそうする寸前だった。
その
亡くなった自分の母親とも近しいがそうじゃない。
それは遠い昔、そうなる理由となった女のもの――
一瞬で強い負の感情と共に前世以前の記憶を持つ者達が志遠の中でどうしてやろうかと憤っていた。