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九垓の知り合いの宦官

 やはり、銘朗宮には初めて来たが、そこかしこに名産品の何かしらで埋め尽くされていて、そこかしこの人々はコソコソ話をしている。

 何の為のそれか――確認しようものなら、今、九垓が話している宦官の峰風ほうふうに気付かれてしまうかもしれない。

 彼は九垓と同じ年頃であり、その試験の際に知り合った者で、信頼はほどほどに出来るようだった。

「では、それらはどこに行ったか分からんと?」

「すまんな、ここに来る前に旭様にもお聞きしたんだが、はて? と言われるばかりで……」

 その話は聞いていない。

 それだけ九垓的には具合の悪い案件だったのか。だからこのまますぐ行かれるのですか?! 明日いや明後日行きましょう! ちょっと用事が! とか言って、その翌日、半日も永庭宮を離れ、旭を探し、聞いていたと。まあ、あの後すぐに行っても銘朗宮の方だって都合がよろしくない時もあるだろう。譲歩するか。

「雨露、頼んだぞ」

 コクッと一緒に来た雨露は志遠の背後で静かに頷いただけだった。

 この雨露という宦官はまだ十代ながら武術に長け、口数が少なく大人しいというよりは冷静という言葉が似合う男だった。むろん、志遠が永華だということは知っており、それが誰にも言ってはいけない極秘だということも知っている。

 この銘朗宮に来る前、雨露には金の卵の存在の話をしてある。もし見かけたら報告するようにと。九垓としては瀏亮と同じく他から来たのだからそんな話をしても良いのかと言って来たが、瀏亮と違い雨露はあの旭の所にいたのだぞ? と言って信用しているとしたが、そうなったらと考えると話しても良かったのかと思えて来る。けれど裏切るにしてもそれはこれからの動き次第。

 今はどのくらい頼れるか見極める為にも少し信用しよう。それにその旭から言われた事だ、何の問題がある。

「じゃあ、ここに戻っている可能性は?」

「さあな……見れば分かると思うがお前が持っていたやつと同じようなのがごろごろある」

「それを管理しているのは?」

 見かねて志遠は口を出してしまった。

「ええ、ありますよ。枚数も」

「それを拝見しても?」

「良いですけど、見ても分かりませんよ。置き場所に最近は困ってあちこちバラバラにしてありますから」

 こんなに名産品が充実しているとなるとそれを揃える財源がどこにあるのか? と聞きたくなるのだが。それこそがあの金の卵だとしたら、困った事になる。

「では調べさせていただきますね。響妃様の許可は必要ですか?」

「いいえ、あの方は今、それよりもある物にご執心ですから」

「そうですか……」

 それは子をなせない代わりのものか……それが金の卵なら面白いのだが。

 そんな志遠の考えなど読まない彼はほいっとその紙の束をくれた。

 そこにはその名産品を手に入れた日付まできちんと書かれていた。

「ほ~……、これはどれくらいで手に入れたかも書かれているな」

「そうですね」

 九垓はここぞとばかりにその力を発揮した。

 さくさくとそれは終わる。

 そして、現物の金の卵が手に入ることはなかったが、明らかに響妃が手にしている財では足りない額が必要となる名産品で溢れていることを示した。

「これの原因を突き止めよ」

「はい」

 九垓は一人その任に当たることにした。いや、もしかしたら峰風を巻き添えにして手伝わせるかもしれない。それは九垓の判断だし、ちょくちょくやって来られたら気になってしまうものだ。自然とそうなるか――。

 躍起になっていたのかもしれない。気付けば夕暮れで九垓はもう少し残ると言い、志遠は雨露と共に永庭宮に帰る所だった。

 おや、と声を掛けて来たのは旭だった。

 何用だ? こんな所で……と思いつつ、旭にそろそろ外に行って金の卵を調べようとしていると告げた。

「では、行かれるのですね」

「ああ」

「そうですか」

 旭は何だか嬉しそうだった。

 不審に思いつつも志遠は言う。

「そういえば、九垓はこの後宮で働ける宦官になっているのか?」

「なっていますよ。何故そんな事を?」

「いや……」

 春鈴が彼の立場を理解していないということか。これは瀏亮にも言っておかなければならない。九垓は一応志遠の次に偉い立場にいることを。

 そうだとばかりに旭は言う。

「九垓と言えば、何でしたっけ? 何かの物がなくなったらしいですね。それは見つかったのですか?」

「う……」

 嫌な質問をして来る。

「今、探している。現状その銘朗宮に行ったは良いが返されていたとしてもどこにあるか把握は出来ないだろうな……同じのがいっぱいあった」

「そうなのですか。響妃様は何も言っておられないのですか?」

「ああ、そこの宦官の話によれば、ある物にご執心だそうだ」

「何か知りたい所ですね」

 思案顔になる旭を見ていて思う。

「なあ、旭」

「はい?」

「お前、俺と雨露と春鈴が外に出ている間、瀏亮の相手をしてくれないか?」

「は? 何故」

「瀏亮には何も言ってないからだ」

 もちろん春鈴にもまだ言っていない。春鈴は美味しい食べ物を食べに行こう。あの時のお詫びだ……とでも言えば良いが、瀏亮一人にさせる気にはなれなかった。だから九垓を残すことにしたのだが、その九垓も瀏亮と二人きりにはなりたくないだろうし、銘朗宮に行ってしまう可能性だってある。だとすれば、ここは瀏亮の乙女心をくすぐる旭が居れば万事解決しそうな話ではないか!

「何やらそんな理由で……と申し上げたい所ですね」

「まあ、そう言うな。とある所から変な音だか声が聞こえると言うし、不気味だからな」

「それは興味深い話ですね」

「何がだ?」

「その変な音とは何なのですか?」

 そこに食らい付くのか。

「さあな……。そこも調べたい所だ。お前の所にはそんな話は来ないのか?」

「まあ、いろいろあって忘れてしまいます。それで誰か被害に遭いましたか?」

「いいや、たぶん遭ってない」

「なら、良いんじゃないんですか? そこに労力を費やすこともないでしょう。雨露はどうです? ちゃんと役に立っていますか?」

「それはこれからだ」

「そうですか」

 やはりおかしい。

 そればかりに気を取られて志遠はその後の旭との会話をあまり覚えていなかった。

 だからだろうか、見てください~! と後日、喜びを伝える為に町に普通に居そうな娘の格好で現れた春鈴に度肝を抜かれることになった。

 何だ? その可愛さは――! とは言えない。

「何だ? その格好は?」

「あれ? 旭様がおっしゃられたのです。これでも着て、志遠様にお見せすれば何か良い事があるかも! と」

 はぁ、あいつ――嫌がらせか? 兄上と同じように。

「よくお似合いで」

 九垓のように普通に言えたら良いが、そう言ったら最後のような気もするし、悩むこともないのだが。

 良い事って何でしょうね? と九垓と楽しそうに話す春鈴を見ていて思う。

 この子は本当に……。

「外へ行く」

「外?」

「ああ、後宮の、宮廷の外だ」

「はぁ……それは志遠様だけなのですか?」

「いいや」

 春鈴の目はぽかんとしていた。

 九垓も雨露も何も言わない。

 瀏亮は今ここには居ないから都合が良い。

「お前と私と雨露とで行く。その許可は取ってある」

 だからそんなキラキラな目をしないでほしい。

 絶対嫌だ! と言うと思ってた。なのに彼女はとってもわくわくとしていて、まだ食べたことのない物を食べたい! というような感じで笑った。

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