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挨拶

 こちらは今も宦官姿だというのに新たにこの永庭宮にやって来た侍女とその隣に来なさいと言われた仕方なしと言った感じの宮女は丁寧に志遠に挨拶をして来た。

作日夕方さくじつゆうがたより、この永庭宮の侍女となりました瀏亮と申します。こちらにりますは宮女の春鈴」

 うん、知っている。

 噂通り真面目できちんとし過ぎている有能な綺麗系侍女、瀏亮は三十後半くらいだろうか。

 もうすでに見慣れた春鈴は何だかぶすっとしている。

「お前はまだ怒っているのか?」

「怒ってはいません。ただ……」

「ただ?」

「いいえ、何も」

 瀏亮の手前何も言えはしなかったが、昨日の余暉が作った料理は結局食べられなかったのだ。不機嫌にもなるだろう。

「あれには私も驚いた。戻ってみれば全てがなくなっていたんだからな。九垓の調べでは、あれは動物でもなく妖でもなく、人の仕業だろうと言っていたが」

「何故、そんな事がお分かりになるんです?!」

 勢いよく聞く春鈴にいつも通り志遠は落ち着いて言う。

「そう聞き込みをしたそうだ」

「誰にですか?」

「旭だ」

「旭様!?」

 今度は素っ頓狂にはなりはしなかったがそのような近しいまでの声を出した瀏亮に驚く。

 こうなりはしなそうな彼女でも少しはそういう乙女のような部分が残っていたか。

「旭を知っているのか?」

「はい、それはもう……絶世の美女ならぬ美男子様でございますから」

「そうか……」

 その顔を見るに旭に惚れ込んではいるがそれほどでもないようで少しは安心する。

「まあ、これからもちょくちょくではないにしてもやっては来るだろうから、その時はちゃんと挨拶をしてほしい」

「はい、かしこまりました」

「うん」

 と言った所で何故彼女がこうまで自分に礼儀正しくして来るのか不思議に思った。

「瀏亮」

「はい」

「私が宦官に見えるか?」

「はい、でも皆おっしゃいますよ『志遠様』と。だから私もそれに倣っているのです」

「利口だな、瀏亮は」

 穏やかな笑みが一つ出てしまった。

 それがいけなかったのか、ぶす~とさらにした春鈴が目に入った。

 私も利口です! と言いたいのか。

「まあ、いずれ、お前が食べ損ねた料理は作らせるし、食せるようにしてやる。ここはニコッと笑っとくとこだぞ?」

「そうかもしれませんが……」

 まだ機嫌が悪い春鈴に何かしてやりたい気持ちになる自分は変だろうか……。

「つかぬ事をお聞きしますが」

「何だ?」

 急な瀏亮の横入りにその気持ちはパッと消えた。

「お二人は仲がよろしいのですね?」

「え?」

 そんな答えをしたからだろうか、瀏亮は不敵に笑う。

「隠さずともよろしいのですよ?」

「別にただ付き合いが長いだけだ。それにまあ、そうだな……それなりに気心は知れているし、だが、春鈴は食に走り過ぎるからな……一人前にさせたいんだ。それには瀏亮の力がいる。見てやってくれないか?」

「はい、志遠様がそう言うなら」

 快く瀏亮は受け入れてくれた。

 なら、言わなくてはならない。彼女に事実を――。

「時に瀏亮」

「はい」

「お前は字が書けぬ者、読めぬ者をどう思う?」

「そんな事があるのですか?」

 大変驚いたようではあるが旭様?! と言った時よりは驚いていないのがその声で分かった。

「それがある。ほれ、見ろ。何だか急にそわそわした者がそこにるだろ?」

「え?」

 瀏亮が右横を見れば、何故だかもじもじそわそわし出した春鈴が居た。

「まさか……」

「ああ、面倒を見てやってくれないか?」

「それは――!」

「何、心配いらない。この永庭宮に居る者全て、春鈴がそうだということは承知している。それでも置いておく理由はあってな……。それとも密告でもする気になったか? そうなると何、鶯妃の邪魔は元々してないように思える者が消えてなくなるだけだ。それはまた新たな女性を手に入れる口実にもなるし、この後宮に陛下が通うきっかけになるかもしれない。けれど、それは鶯妃の為じゃない。その新しく入った女の為だ。それで鶯妃が危うくなるのも嫌だろう?」

「私はそんな……、そんなつもりでここに来たわけではありません!」

「そうだろう、ただ鶯妃に言われたから来ただけのこと。でも繋がりは消えはしないよな……。もし、春鈴が消えてなくなる日が来たら、裏切ったのは誰か――すぐに分かる」

 それは脅しにはなるか、なったらなったで良い。

 こちらとしては瀏亮よりも春鈴の方が大事だ。

「で? どうする、全てを話すか?」

「誰にでございましょう? 私はもう永庭宮の侍女でございます。最初から妃のいない宮に遣わされればもうあとはないことは分かっております」

 嫌われていたのか、まあ良い。

「では、よろしく頼むな」

「はい」

 瀏亮は綺麗な挨拶をした。

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