春鈴に思思と話でもして待っていろと言って、志遠は一人で鶯妃に会うことにした。
こうなってしまっては春鈴をちゃんと育ててくれる人が必要だった。
あの思思の出来を見れば明らかで、そんな人をすぐにでもくれそうなのはこの人だけだった。
「まあ、よくいらっしゃったわね~」
嫌味もなく、のほほんと言ってくれる鶯妃は志遠に席に座るようにと促し、お茶まで出して歓迎してくれた。
どういうわけがあって、そうしてくれるのか分からない志遠はそれに応じつつも手を付けないまま聞いた。
「どうして、宦官である私にお茶を?」
「招きたいと思っていたからです。毒は入っていませんよ。聞きましたの、願望絵を禁じたそうですね」
「はい、それは確かに」
「どうしてかしら? と思ったけれど、不都合な事でもあったのかしら?」
「いいえ、特には」
「なら、何故。それがなくなって悲しむ者がいることをお忘れですか?」
「忘れてはいません。ですが、それを描く者に上等な物を送るそうですね」
「それは
「そうです、あなたも先ほどおっしゃったように、この後宮にはそういうやり方をする者がいる。それはなくさないといけない。あの時のようになりたくはないでしょう?」
「それは脅しかしら? 私がしゃしゃり出ることではないことは分かっています。でも、我慢ならないわ。陛下にはお伝えして下さいましたか?」
「まあ、遠回しには」
「遠回しにする必要があったのかしら? なんて、言いません。少しは分かってくだされば良いのです。ああ、これは聞き逃してちょうだい。私はそういう女ではないわ」
もう遅い――と思いつつ、志遠はその意を飲んだ。
だが、やはりこのお茶を飲む気にはなれない。
「そうだわ、これも聞いたのだけど、永庭宮に一人、宦官の子が入るのでしょう?」
「はい」
耳が早い。それに自分より年下というのも分かって発言している。
鶯妃は何やら考え込むようにして、志遠の顔を見てから口を開いた。
「私は考えるのです。妃のいない永庭宮とはつまり、女が居ないということ。それはもしかしたら、いくら宦官だとは言え、男だけの宮にしておくとそのうち、そこに興味を持った宮女達が出て来てしまうかも……と」
「その懸念でしたら心配無用です」
「あら?」
「先ほど、清風宮の宮女を一人、永庭宮に連れて行くことになりましたので」
「そうなの? それは一人だけということかしら?」
「ええ、そうですね」
彼女は計算をしている。頭の中を見てみたいものだ。その顔では何を考えているのか測れない。
「では、こうしましょう。私の侍女である瀏亮を妃のいない永庭宮に差し上げるわ。だって、女一人では何かと大変でしょうし、間違いは起きないと思いたいけれど不安だし……あなたは遠回しにでも陛下におっしゃってくださったのでしょう? なら、その働きに感謝して、ね、良い案でしょう?」
甘ったるい声にはなっていないがそんな風には聞こえる。
それは願ったり叶ったりだが、良いのだろうか。
その者の気持ちなど無視して話は進んでしまう。それがここでの習わし。
従順に振る舞わなければその身が危ぶまれると分かっているからこそ、何も言えない。
「分かりました。その瀏亮という者はどちらに?」
「話が早いわね、これ瀏亮!」
言うが早いか彼女はさっと現れた。
薄紫色の服が彼女の感じと合っている。
話に聞いていた通り、真面目そうな女性だった。
「瀏亮、お前にはこれから永庭宮の侍女になってもらいます。確か、永庭宮はあなたが管理しているのでしたね?」
「ええ、よくご存知で」
「そうでしょう。だからね、私は瀏亮をあなたに差し上げるの」
その意味は? と問いたい所だが、やめておいた。
ろくな答えはなさそうだ。
「助かります。実はもうその清風宮から宮女を連れて来ているので会わせましょうか?」
「いいわ、きっとあの子よ、違う?」
一瞬でその表情は一番下っ端の者を見る目になった。
とても冷たい酷いものだ。
「そうですね、誰を想像しているのか知りませんが、私はその宮女を一人前にしたいと思っています。ですから、侍女であった瀏亮が来るなら、これほど嬉しいことはございません」
「そうでしょう?」
すぐに機嫌が良くなった。
この女の本性はこんなものか――志遠はそろそろお暇しようと席を立つ。
「では、すぐにでも瀏亮を永庭宮に」
「いいわ。今すぐ、行きなさい。荷物は後から持って行かせますから、それで良いでしょう? 瀏亮」
「はい」
彼女は素直にそれに従った。
かくして、永庭宮に三人の新たな者が集った。