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真曄宮を出た所で

 真曄宮しんようきゅうは皇帝陛下である天華が住んでいる所だ。

 そこへ昨日の今日で志遠は訪れた。

 もちろん、願望絵の事についてである。

 今は皇帝陛下の異母弟である前に宦官だ――と言い聞かせ、陛下に事の次第を伝え、さらにその責任はあなたにあると伝え、だんまりを決め込まれて仕方なく、外に出られた時には無事に永庭宮に戻ることが出来る! とちょっと嬉しさ半分だった矢先に志遠は旭に捕まった。

「志遠様」

「何だ?」

 じろっと志遠は旭を睨んでしまった。

「陛下に何をおっしゃいました?」

「実に重要な事だ」

「それぐらいじゃないでしょう? 冷静過ぎるのが逆に怖いです」

 旭はやっぱり分かっている。幼い時から一緒に居ただけはあった。

 物怖じせず、いかることもなく、平気にしている。

 だが、それを言う必要がないと判断し、志遠は喋る。

「お前がこんな所で私に話し掛けるとは他に理由があると思うが、違うか?」

「ええ、よく分かりましたね。私がこのまま何もなくあの真曄宮に行ってみれば、きっとあなたのせいでお怒りになっている陛下の餌食になります」

「だんまりだったから、そうかもしれないな……」

 その事については謝った方が良いかもしれないと思った時、旭は奇術のように一つ、全体的に金色の鶏の卵のような物をその手に出した。

「それは?」

「存知上げませんか?」

「ああ……」

「これは次第にこの後宮に広まる可能性のある物です。陛下はこれの事もあって、だんまりだと思うのですが……」

 それに見覚えはなかった。

「どうして持っている?」

「たまたま外に行った時に見つけたんですよ。あれはどこかの茶葉店でしたが外ではもう広がっているようです」

「何故、その場所を濁す? 他の所は明快なのに」

「それはほら、あなたが何と言うか……でして」

「濁すな、言え」

 ついつい永華様が出てしまった。

「そう言われましてもね……。何となくで申すなら、ほら、あの宦官になった雨露うろを覚えていますか? 陛下が捨て置いたのに子供のあなたは拾いに行った。その場所の近くです」

 ああ、それが兄と最後に行った外での出来事かもしれない。

 鮮明に思い出すこともなく、言えるのは。

「あそこは確か……」

 暗い印象。

 永庭宮は陛下が好んでなのか、しっかりとした黒に対し、あそこは灰色だ。

 くすんでいる。

 明瞭がない。

 治安が悪く、闇で何かしらやっているんじゃないか? と思う店も多く、その真偽は定かではない。

 そんな所に幼き頃の雨露は座り込んで居た。

 路地裏だったか? 幼い自分よりもさらに幼く、弱り切って痩せていた。

 救ってしまったのはひとえに可哀想だという心情が働いたせいかもしれない。

 九垓もそうだ。

 自分の前世以前の記憶がそうしろと言うから、それに抵抗することなく、そうやってしまう。

 兄が捨てる命を放っておけなくて、拾ってしまう――。

「まあ、今では少し違った雰囲気というか、明るさが少しだけ加わった……というか、これはやはり、あなたの実父である先帝のおかげなのでしょうが……」

 それでもやはり、そのような所に行くとなると、今や立派な武術に長けた宦官となった雨露を連れて行きたい所だ。

 彼は確か旭の所に居たはず。

「雨露を連れて行けるなら考えても良い」

「はい? そのような事を言う以前でございます。申しましたでしょう? これは陛下も知る案件」

「つまり?」

「このように金の卵になってしまっては、財も潤うでしょうし、本物の金を溶かし、それを使っていたり、はたまたまがい物の金なのかどうかというのも怪しい所でこれを作ったりとされていてはたまったものではございません! 被害が出るかもと思い、志遠様にその正体を見つけてほしいのです。陛下がご自分でおっしゃらなかったというなら、まだ口にしたくない事なのでしょう。ですが、あなたを見掛けたら早急に伝え、行わせろとおっしゃっておりましたので」

「そうか……」

 考え込むにはそれなりの理由があった。気になる事をやり終えてからでも良いか聞こうとした時、思いもよらない名前が旭の口から出た。

「そういえばあの宮女……春鈴でしたか? よく皆から食べ物をねだる……彼女も同行させてはいかがでしょう?」

「何?!」

「あの皇后だった者の時の褒美も兼ねて、まあ、私もそれなりには口添えさせていただきましたが、それなりのね、猶予ですよ。あなたにとってもそれが良い。あなたがあの宮女を特に気にしているのは明らかですし、もしかしたら……があるかもしれない。それは陛下には申し上げておりませんが」

 小さい声で言って来る辺り、そこそこ本気か。

「何より食べ物関係です。何か力になってくれるのでは? と考え、そうさせていただきました。余計なお世話でしたか?」

 一転、普通の声の大きさになって明るく言ってくれる。

「それだったら、雨露を寄越せ。永庭宮の警備も兼ねて、お前の所からもらいたい」

「それは侍衛じえいということですか?」

「ああ」

「分かりました。仰せの通りに致しましょう。では、あの宮女はどうなさいます?」

「連れて行かなかったら何か問題があるのか?」

「いえ、陛下はあのような可愛いむすめを好みませんから、どうなる事もないでしょうが、また湖妃様のようにあなたが少しでも関心があると分かればどうなるかは分かりません」

「分かった。連れて行く。それで安全を確保してどうする? 俺があのとどうなるかなんてお前の頭の中の想像と違ったら?」

「そうでしょうか? あなたが思うほど、あなたに思われる女性は少ないですよ」

「それはそうだが……」

「そんな貴重な存在を手元に置いておきたいとは思わないのですか?」

 そう言われてしまうと、自分の口から出たあの言葉が思い出されて認めるしかないように思えて来る。

「……もし、そうなったら」

「はい」

「春鈴は私の所の宮女にしといてくれないか? 静風宮からでは何かと都合が良くないからな……。見掛けだけはそれなりに取り繕っておかなくては怪しまれるだけだし……」

「ですが、それだとまた陛下が勘付いてしまう気が致しますが……」

「そうだ。だからまだやりたくない。何か手を打ってからでも良いか?」

「早急に……ということなので、どう濁しましょうか?」

「……まずは後宮でそれが流行っているか調べていると、それから外に出て調べると言って時間を稼ぐのはどうだろうか? その間に春鈴だけではない宮女か侍女を持ってくれば良い」

「永庭宮にですか?」

「ああ、妃がいないのが難点だが」

 志遠は旭を見た。

 その顔をじっと見る。

 そのせいでぞわっと旭は嫌な感じを味わうことになった。

「何を考えておいでです?」

「もちろん、そんな事になったら、お前に妃の格好をさせて、妃だと言い張るのも良いのではないか? と……」

「ご冗談でしょう?!」

 声を荒げる所を見ると相当嫌そうに思える。だが――。

「他に妃になりそうなのがいるのか? 私は陛下のものを永庭宮に置きたいと思えない。男だけで良い」

「そう言って……九垓はどうです? あれならまだ誰もそんなに知りはしないでしょう?」

「あれはどこからどう見ても男だろ?」

 では、どうするか……考えが浮かばないまま、旭はぴしゃりとそれをやめさせる為か空を見て言った。

「さあ、お戻り下さい。じきに暗くなります」

「ああ……」

 堂々巡りで答えが出ず、志遠は上の空のまま答えた。

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