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食欲あり過ぎる宮女

 それから数日後、前世の記憶を頼りに後宮に入り、そこの宦官として振る舞っているが、何も問題はない。

 新しい宦官様ですね! と言われ、終わる。

 誰しも皇帝陛下の異母弟だとは言って来ない。

 そもそも兄上が申されたように自分はその認識をされていない気がする。

 顔を覚えられることがない自分よりは兄上の方が幸せだろう。

 必要とあれば、すぐさま皇帝陛下の異母弟として姿を現すこともあるが、今は宦官になっていることが多い。

 それほど後宮ここはおかしい。

 すたすたと歩いてこちらに来る人物がいた。

 志遠はさっと見て、驚く。

 普段はこの後宮に来もしない皇帝の宦官である旭が何をしに来た? と目だけで見やる。

 それをされても旭はしれっとしていて、通り過ぎるのかと思えば口を開いて来た。

「これはこれは志遠様じゃないですか?!」

 何を小芝居する? と不信に思えば、ほら見て! と旭の目がその後ろに居る一人の宮女を捉えていた。

 初めて見る宮女だ。

 十三、四歳くらいだろうか。

 そちらに見入っていると、こそっと耳元で旭に囁かれた。

「あちらの者、何やらぶしつけに食べ物を求め、いろんな所に行っては皆を困り果てさせているようです。どうにかして下さいませ、永華様」

「黙れ。それを言うな。そしてその事は承知だ」

「そうでしたか、私は少し用がありましてこちらを通ったのですが何も問題はないようですね」

 にこっと笑って行ってしまった旭より目の前にまで迫って来ていた宮女をどうにかしなくてはならない。

「名前は何と言う?」

 思わず、問うてしまった。

春鈴しゅんりん、です」

 微妙な間があったが、それはこちらが敬う人だと認知したからかもしれない。

 賢い子だ。

「そうか、私は宦官、志遠だ」

 目が悪いわけではないらしい彼女は距離を取り直す。

「そうですか、志遠様は今何か食べ物をお持ちではないでしょうか? 甘い匂いがします」

 それが宮女、春鈴との出会いだった。

「……何も持っていないが」

「そうですか、では、お香? 今まで嗅いだことのない良い匂いです。美味しそうというより上品な感じでしょうか?」

 舌だけでなく鼻も肥えているのか。

「そうだとしたら、どんな料理になる?」

 突然言われ、返答に困り、服の中に隠し持っていた紙の切れ端と筆を取り出し、さらっと何やらを書き出す。

「このような、菓子を思い起こせます」

 それは上等な砂糖から作られていそうな感じがした。

「菓子か……。そういえば、幼き頃、この辺りでそんな砂糖菓子を与えたことがある」

「ああ、あれは本当に美味しかったです! あれは何と言うんでしょうね?」

「さあな……。緑豆羔リュウトウガオではないかと思うが、色は白だったような……ん?」

 目をぱちぱちして春鈴はこちらを見ている。

「お前は今、私から何か聞いたか?」

「はい、聞きました。あの方はそのようになってしまったのですね、おかわいそうに……とか思っていませんよ」

 いや、思ってるだろ! 絶対。

「そうか……まあ、良い。その方が都合が良いしな」

「何の都合がよろしいのでしょうか? それにしても何故、他の宦官様とは違いますね」

「何だ?」

「間違った距離を取ってしまったのは失礼いたしましたが、何やら絵で見る男性のようです」

「どういう事だ?」

「皆、興味がないのであまり見ないのでしょうが、そうですね、取っている方の姿形と違うのです。まずは高い背丈に喉ぼとけ、そして、声……努めて高くしてらっしゃるようにお見受けいたしますが」

「ああ、もう良い! 分かった。何かくれてやる! 付いて来い!」

 わ~い! と何とも嬉しそうな春鈴を連れ、志遠は裏庭にある枇杷びわをくれてやった。

「良いのですか? ここは確か陛下の食べられる物を扱う場所では?」

「そうだな。だが、必要ならば勝手に致せと言われていてな」

 はて? と春鈴は声には出さないが解さない顔をした。

「まさか?!」

 春鈴はこの時、宦官である志遠が皇帝陛下の異母弟である永華とは露とも知れず接していた。

 あんなに美味しい食べたことのない珍しい物を持っていた人だ、きっと高貴な方なのだろう。だが何かしらをしてここに来てしまった。そういう人達がここには大勢居る。だからさして春鈴は何とも思っていなかったのだが。

「何か通じてらっしゃるのですか? だから、いとも簡単にこのような果物まで手にされるのですか?」

「いや……これは……」

 不味いことになった。

 きっと知ってしまえば、この者は――。

「どうだろう? 私の手伝いをしないか? そうすれば、褒美としてその都度何か食べ物を与えてやるぞ?」

「えっ、本当ですか?!」

 そう、この手は使いたくなかったが、致し方ない。

 宦官ならば、一度はしてしまうもの。

 前世では一度もそう言った機会はなかったが、どうもこの宮女相手だと調子が狂う。

「では、約束だ。今、私と出会い、ここまでの話を死しても誰にも教えないこと」

「はい、守ります。そうすれば、志遠様から度々美味しい物がもらえるのですよね? それを分け与えることなくひっそりと自分一人だけがありつける。何と言う贅沢!」

 そうか、そうか。この者がこんなに簡単な奴で良かった。

 夢心地のような春鈴は志遠をそれ以上追及しなかった。

 また志遠もその事をどこにも言いもしないし、記しもしなかった。

 二人だけの秘密。

 そして、それからまた数年が経った。

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