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地を這う者

 イニャスの言った数日を過ぎてやっとファブリスは元の元気なファブリスに戻った。

「これならアミティエ・コリーヌに一緒に行けるだろう?」

 そう言ってジェジェーヌ・クーレは尻尾を左右に振りながらイニャスに訊いた。

「ああ、そうだな」

「キャン、キャン!」

 ジェジェーヌ・クーレはそう吠えながらその周りを自由に走って喜んだ。

「じゃあ、もうエスポワール・リヴァージュとはさよならなの?」

「そうだ、ファブリス。そのために君は旅をしているんじゃないか」

 ファブリスの悲しそうな顔にイニャスは元気に声を掛けた。

「うん、そうだね」

 ファブリスは自分の探しているものを改めて思い出した。それと同時に思い出したことをイニャスに言った。

「でも、イニャス」

「何だ?」

「イニャスがエール・スィエル・アスピラスィオンでもらった笛は海に入ってダメになってしまったんだよね」

「そうだな」

「それは僕のせい?」

「いや、違うさ。あの案内犬のせいでもない。物であるものはいつか壊れる。それにあれはもう俺には必要がないさ」

 そう言うイニャスの顔には微かな悲しさがあったがファブリスはそれに気付かなかった。

 そして、ファブリス達はエスポワール・リヴァージュを後にしてアミティエ・コリーヌへと旅立ったのだった。


 エスポワール・リヴァージュを少し歩くとその先が砂のような地になっているのが一面に見えた。

 それでも歩き続けようとしたがジェジェーヌ・クーレが「もう、時間がない!」と騒ぎ始めた。

 イニャスが「どうしてそんなに騒ぐ?」と訊くとジェジェーヌ・クーレは目を輝かせて言った。

「見ろ! 確かにずっと遠くの方で何個かレヴリ・クレクールが移動している。あっちにあるんだわん!」

「だから?」

「ワン! あの馬車で行こう!」

 ジェジェーヌ・クーレは近くにあった一台の馬車を見て言った。

 その馬車を借りることに成功したファブリス、イニャスはそれなりの広さで喜んだがジェジェーヌ・クーレはちょこんとその馬車に乗り続けていた。

「へ、へっ……いやー、馬車なんて良いことを言ったな。イニャス! これならエスポワール・リヴァージュを出る時から馬車にするんだったな! わん!」

「ああ、そうだな」

 そう言ってイニャスは気怠そうに寝た。

「ねえ、イニャス?」

「なんだ?」

 イニャスは眠そうな声でファブリスに訊いた。

「あの、何でこの馬車には運転する人がいないの?」

「ああ、それはあの利口な馬がアミティエ・コリーヌまで連れて行ってくれるからさ。ここは創世界だからな。現世界とは違って動物も人間と同じくらいなんだ」

「へー」

「だから、俺が運転しないでこうしていても大丈夫なわけだ。まあ、時々その馬も迷うけどな」

「え!」

 そう言い終わるとイニャスはまた気怠そうに寝た。

「なに、心配ないさ。私がいるのだからな! わん!」

 そう胸を張って言うジェジェーヌ・クーレにファブリスは笑って、頭を撫でた。

 馬車が走っているというのにこの地の砂はその重みで沈む事が一度もなかった。

 ザクザクと砂の音が鳴っているのにだ。

 この不思議な砂は馬車が上に乗っていても大丈夫な硬さを持っているらしい。そして、この辺りは昔、丘だったそうだとジェジェーヌ・クーレはファブリスに教えた。

「この平らな昔の丘を越えれば、野になる。野には草しかないがここよりかは楽しいはずだ。その野を越えると豊富な水に恵まれた谷に辿り着く。谷といってもずいぶん昔のことで今はその谷だけがあって水がないんだ」

 その話の通り、ファブリス達を乗せた馬車は一頭の馬の脚によって丘であった砂地を通り過ぎ、野を通り過ぎ、谷までやって来た。

 その谷まで来た時、一人の男がファブリス達馬車の前で立ち往生していた。

「どうした?」

 一歩も進まなくなった馬車にイニャスは訊いた。

「ひひーん!」

 という一頭の馬の声だけが答えて来た。

「下りてみるか」

 仕方ないとイニャスが下りるのと同時にジェジェーヌ・クーレも下りた。

「あん? 君はアミティエ・コリーヌのオーバンか?」

 ジェジェーヌ・クーレは立ち往生していた男に声をかけた。その男、オーバンの肌は日に焼けて黒かった。

「そうとも、ジェジェーヌ・クーレ」

 ジェジェーヌ・クーレとオーバンは知り合いのようだった。

「どうして君がここにいる?」

「『レヴリ・クレクール』が向かった先をデフロット・カペーに伝えるためさ」

「それは私の仕事だ!」

「だが、君はその仕事をやっていたにせよ、『レヴリ・クレクール』に気付くのが遅かった」

「遅かったらだめなの?」

 ファブリスはイニャスに小さな声で訊いた。

 さあ? とイニャスにも分からないようだった。

「では、百の聖なる月水夜の案内係よ、『自由な童話』を探し求めている者と一緒にまずはこの谷に『リュヌ・ラルム』を出現させるのだ! そうすれば今は一つもない『レヴリ・クレクール』の全てがここに集まるだろう」

「ここにか?」

「そうだ」

 オーバンのその言葉を信じられなくなったジェジェーヌ・クーレは話題を変えて今、聞いたことを考えないようにした。

「それはそうといつも一緒にいるあのお喋り達はどうしている?」

「ベアトリスとキャプシーヌか?」

 ジェジェーヌ・クーレは頷いた。

 それを見てオーバンは呆れたように言った。

「彼女達ならいつものことだ」

「ああ、またバカなことをやっているのか!」

 ジェジェーヌ・クーレは楽しそうに言った。

 そのジェジェーヌ・クーレの態度にオーバンは本気で言った。

「『リュヌ・ラルム』はここだ。そして、『百の聖なる月水夜』もここで行われる。一番最初にやって来た『レヴリ・クレクール』はそう言っていた。デフロット・カペーも自分の所有する『レヴリ・クレクール』を見てここに近日中には来るだろう」

「それなら仕方ない。君は唯一、『レヴリ・クレクール』と話が出来る人間だ。君を信じることにしよう」

 そう言うとイニャスの顔をじっとジェジェーヌ・クーレはクーン……と何かお願いしたそうな顔で見続けた。

 そのジェジェーヌ・クーレの顔にイニャスは嫌な予感がした。

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