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海を渡る者

 空から海へ落ちて行く間、ジェジェーヌはイニャスに抱えられたままのファブリスとイニャスに風を感じながら言った。

「私は今、飛んでいるぞ!」

 イニャスはそのジェジェーヌを見た。風の風圧によってかなりおかしな顔になり全身の毛もそれによってゴワっと上を向いていた。

 イニャスはそんなジェジェーヌを見て腹の底から笑い出しそうになったが切羽詰まったこの状況に笑える訳にもいかず、ジェジェーヌを叱る意味で、

「バカか? これは落ちているんだ! このまま行けば下は――」

 と言われてジェジェーヌ・クーレは一瞬で自身の耳と鼻で探った。そして、

「海だワン!」

 と二人に吠えた。それを聞いたファブリスはジェジェーヌに心配なことを訊いた。

「誘うリュミエールは海に入れても平気なの?」

「心配ない! それより、君は泳げるのか? 私は犬掻きが出来るぞ!」

 と落ちながら言われた。イニャスにも、

「俺も泳げるがファブリスは?」

 と訊かれ、

「まだ、泳げない」

 と不安そうに答えるしかなかった。

「なんだってー! 誘うリュミエールの心配よりも先に泳げるかの方が心配にならないのか? 君は」

 とイニャスに叫ばれながら海へ落ちることになった。

 エール・スィエル・アスピラスィオンから落ちたファブリス達が着いた先はエスポワール・リヴァージュという所の海の中だった。

 その海の中は魚が豊富に泳いでいた。日の光で海の中でも透明に見える。

 海から顔を出したイニャスはすぐに自分の横で必死に犬掻きをしているジェジェーヌ・クーレに訊いた。

「ファブリスはどこだ!」

「私がこうして犬掻きをし出した頃にはもういなかったぞ。それにイニャス、君は海へ入る時ファブリスを抱いていたはずだろ」

 そう言いながらジェジェーヌは早くも海岸を目指し泳ぎ続けていた。

 イニャスはもう何回も思ったまったく! を言いながら再度一人でファブリスを見つけに海の中へと入って行った。

「あ、レヴリ・クレクールの光は共に呼び合う! ぞって行ってしまっ……キャッウーン!」

 ジェジェーヌ・クーレは波に呑まれそうになりながらもせっせと泳いだ。

 その様子を海岸近くで見ていた一人の女はこれは大変! とすぐ近くにいた男に船を出してと頼み、ファブリス達の元へと急いだ。


 ファブリスは透明な海の中を漂っていた。何も思うことなく、ただ漂っていた。淡い桃色の誘うリュミエールはずっとプティ・ランタンの中で光り輝いていた。

 その光景を物珍しそうに魚達は見ていたが一匹の小さな魚が好奇心でファブリスに近付くとすぐに他の魚達もファブリスへと近寄り、突いた。

 それでもファブリスは何の反応も示さずにただ漂っているだけだった。

 海の中を泳いでいたイニャスはそんなに大きくはない黒い一つの魚の群れに気付いた。

(あの魚の群れは何だ? それにあの淡い桃色の光は……)

 自分も今、持っている蒼の誘うリュミエールの光を思い出し、イニャスは魚の群れに近付いた。

 その群れの中心には意識がない一人の男の子が魚達に突かれていた。

(! ファブリス!)

 急いでファブリスに近付こうとイニャスはその魚達を退け続け、やっとのことでファブリスに近付き、慌てて心音を確かめると淡い桃色の誘うリュミエールが入ったプティ・ランタンがファブリスの手にしっかり握られているのを見てからファブリスを抱え、急いで海の上を目指し、泳いだ。

「大丈夫? わんちゃん」

 ジェジェーヌ・クーレはやっとのことで自分をこの船に乗せて救ってくれたエスポワール・リヴァージュの住人である女、ビュルと男、バスティアンに自分の全身の毛に付いた水をぶるぶると払いながらきちんと礼を言った。

「本当にありがとう。助かりました。ああ、大丈夫だ。それよりもイニャスとファブリスが生きているのか……」

 ジェジェーヌが言い終わらないうちに船がすごく揺れた。

 そして、びしょ濡れの二人の人間が勝手に船に乗り込んできた。

「その二人、ガはっ、いき、て……る、ぞ」

「まあ!」

 ビュルは船に上がるとすぐに今にも死にそうな少年に人工呼吸をし続ける、びしょ濡れの青年を見た。

「あら、良い男……じゃなくてその子大丈夫?」

「まだ、生きてる!」

「それは本当か?」

「怪しんでる暇はないことくらい分かるだろ?」

「海水を多く飲んでいるんじゃ」

「なら、早くどうにかしろよ!」

「こうすれば良い」

 そう言ってバスティアンは現世界の人間が見たら驚く方法でファブリスを目覚めさせることに成功した。

「ごほっ!」

「ファブリス! 平気か? どうして、ファブリスの全身にあなたの手をかざし、触れただけでファブリスが目覚めたんだ?」

 ビュルはふふっと笑った。

「それは私にも分からないのよ。彼の手には不思議な力が宿っているのかもしれないわね」

「いやー、本当に良かった。これで心苦しくなく『百の聖なる月水夜』を探す旅が続けられるな」

「お前、よくそんなこと言えるな」

 イニャスはジェジェーヌ・クーレに怒りを露にした。

「そう怒るな、イニャス。そのレヴリ・クレクールを持っている限り滅多に命を落とす事はない」

「何だって?」

「生きていなければその光は輝かないからな」

「もう一度言ってみろ!」

 今にもこの小さな船の上で喧嘩が起こりそうだと感じたビュルは止めに入る代わりに今、聞いた『百の聖なる月水夜』という単語を口にした。

「そのワンちゃんが言っていた『百の聖なる月水夜』って数週間後に始まるらしいわよ。どこだっけ?」

「それは本当に?」

「ええ、そうよ」

「どこで!」

 ジェジェーヌ・クーレは興奮しながらビュルに訊いた。

「確か、レヴリ・クレクールがアミティエ・コリーヌの方に集まっているという情報が数日前から入ってるわ」

「その情報源は?」

「誰だったかしら?」

「あのいつもふらっとこの国に立ち寄る『オーバン』からだ」

「そうか、それならその情報は本当のようだ。良し! 早速、アミティエ・コリーヌに行こう! 時間がない」

「それはファブリスの体調が良くなってからだ」

 それまで黙っていたイニャスはジェジェーヌ・クーレの口をぐわしっと掴みながら眼だけは怒って言った。

「ばなぜ!」

「あ? 聞こえないなぁ。そう約束できるなら放してやっても良いが?」

「ばがった!」

「良し! この分じゃ数日、いや、数週間かかるかもしれないな。そうしたら、お前一人で先に行け。俺達はゆっくり後から行く」

「そんなことは言うな。一人であそこまで行くのは大変だ。それに私だって生き返ったばかりのファブリスが心配だ」

 その言葉を聞いて海から無事に帰って来たファブリスはジェジェーヌ・クーレにこう言った。

「僕はまだ一度も死んでないよ」

 そのファブリスの発言に船に乗っていた全員が笑った。

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