この世界の景色はセリアが言っていたように自然が溢れていた。
昔からある森もあるのかもしれないがファブリス達が今、歩いているのは森になろうと成長している最中の若く細い木々が生えている所だった。
日の光も微かに感じられる。
ファブリスはイニャスに全ての疑問についての答えを次の場所に着くまでの間教えてもらっていた。
「つまり、『創世界』はこちらの世界のことで『現世界』っていうのが俺や君、デフロットの住んでいる世界のことだな。誘うリュミエールのリュミエールは『光』でレヴリ・クレクールは『夢想の心鍵』って意味だな。まあ、レヴリ・クレクールだとか夢想の心鍵なんて言われても訳が分からないから俺達はあえて誘うリュミエールと呼んでいる。こっちの方が言いやすいからな」
「へー、でも、何でいざなうリュミエールなんて言うの?」
「これだよ、これ」
そう言ってイニャスは自分が手に持っている蒼の光の入ったランタンをファブリスに見せた。
「これに導かれて君は今、歩いているんだ。信じられないだろうがこれを持っていれば地図がなくても迷うことなく進みたい道に進める。そして、この光をなくせば二度と現世界には戻れなくなる。だから、デフロットはいつも俺達に言うんだ。『今回の仕事でも僕が渡したレヴリ・クレクールの入ったプティ・ランタンを絶対になくさないでくださいね。僕のお気に入りですから』ってな」
「そういう意味だったんだ。このランタンって」
ファブリスは今、イニャスに聞かされた事でそれまで自分の手に持っているものが淡い桃色の火ではなく、淡い桃色の光、淡い桃色の誘うリュミエールが入ったランタンだったことを知った。
そして、その誘うリュミエールをまじまじと見た。
「まあ、君のようにこの世界まで来るのは珍しい。大抵の場合は適当に話してデフロットのお気に入りが見つかればすぐに渡されるからな。君はよほど運がなかったんだろうな」
イニャスにそう言われ、ファブリスは悔しいような悲しい気持ちになった。
それでも、この二人と歩いていかねばならない。
この道こそがファブリスの探している『自由な童話』だとファブリスは思っていたからだ。
「そして、この『誘うリュミエール』は俺達がこの創世界で見つけ、捕まえた後、デフロットの所有となる。俺もその後の事はよく知らないが何でもデフロットが創世界に所有している『たゆたうフォレ』と呼ばれる森に放されるらしい。それから後の事も知らんがまあ、とにかく次、行くとこでもその『誘うリュミエール』を捕まえるんだ。デフロットに言われたからな。どうして、最近こんなに誘うリュミエールを捕まえるんだか俺には分からないがね」
と言ってイニャスは両手を上げて背伸びをした。片方の手にはしっかりとランタンがあった。
「もうすぐ、『百の聖なる月水夜』だからでしょ。だから、誘うリュミエールが見つけやすくなってるのよ」
それまで黙っていたセリアはイニャスの顔をちらとも見ずにファブリスとイニャスの前を今も歩いていた。
「ああ、『百の聖なる月水夜』ね。セリアは知ってんの? それ」
「知るわけないでしょ。百年も生きてないもの、私」
「そうだよな。デフロットでさえ一回しか見たことないって言ってたもんな」
「あの、『ひゃくのせいなるげっすいや』って何ですか?」
「ん、ああ……創世界のお祭りの一つにあたるものだ。百年に一度の満月、新月の日に創世界、現世界にある誰かに所有されているものも含めて全ての『誘うリュミエール』が一斉にこの世界の創世界のどこかにある『百の聖なる月水夜』と呼ばれるその期間だけ出現する場所に新たに生まれてくる光を見守るために集まるそうだ。また、その満月の日から最初の新月の日になるまではその辺りで新たに生まれて来た光と共に集まった全ての光がたゆたい続けるらしい。その満月の日から数えて最初の新月がやってくると今度は現世界からも創世界からも消えていく光を見守るために一つ一つが淡く光り出すんだそうだ。その日を過ぎればまた所有されている光は所有者の元へと戻って行く。所有されていない光はいろんな所へと消えて行く。人がこれを見たところで別に害はないそうだ。ただし、人も静かに見守るのが条件とされている」
「まったく、それ全部あの犬に教えてもらったことじゃない」
「いいだろ。どうせあいつはここにはいないんだから」
セリアとイニャスの会話を聞いてファブリスはさらに知りたい気持ちを持った。
「あいつって誰ですか?」
「犬の『ジェジェーヌ・クーレ』よ」
とだけセリアは教えてくれた。
「ジェジェーヌ・クーレは『百の聖なる月水夜』の案内係ならぬ案内犬でね。それはそれはよく喋るパピヨンなんだ」
イニャスがセリアの説明を補足してくれた。
それと同時に、ファブリスの後ろで声がした。
「そう、私がそのパピヨンのジェジェーヌ・クーレだ。わん!」
「なに!」
イニャスは聞き覚えのある声に振り返った。
ファブリスもセリアもそれに続けて振り返った。
そこには四本の足で立っている一匹の犬がいた。
「そんなに驚く事ではない。私はデフロットに頼まれてやって来たのだ。『百の聖なる月水夜』を探すためにね」
「って、それじゃ、案内犬の意味がないじゃないか」
「うるさい! 『百の聖なる月水夜』はいつも決まって同じ場所ではないのだ! 月がきれいに見え、尚且つ、『リュヌ・ラルム』が出来る所でないといけないのだ」
「はいはい、分かったから。少しは黙れ」
そうイニャスに言われたパピヨンのジェジェーヌ・クーレはご覧の通りの雄犬だった。大きさも現世界にいるパピヨンと何等変わりはない。だが、驚くことに人間の言葉を話した。もちろん、犬語も喋れるようだ。
両耳は茶色で蝶のような大きな立ち耳を持ち、おでこのあたりにちょっとしたアクセントのようにちょろっとした白い毛、おしりの所には耳と同じような色をした飾り毛がぽん、ぽんと生えていた。顔は全体的に茶色が多かったが愛らしい目の周りは耳よりも薄い茶色の白が混じったような感じの毛色だった。鼻から口、その他の所は全て白一色だった。そして、一般的なパピヨンとは違い、顔の真ん中にあるはずの縦の白い毛、ブレーズがなかった。その代わりに耳の毛と同じ色をした毛が目のあたりまで生えていた。しっぽはいつもくるんと上を向いているらしい。
「クーン、そうか。イニャスも私に触りたいからそう言うのか? のどのあたりなんかがお勧めだが」
そう言ってジェジェーヌはのどをイニャスに見せつけた。
それを見てイニャスは鬱陶しそうにジェジェーヌに言った。
「黙れ、ショボかわ犬」
「『しょぼくてかわいい犬』ということか? なんという褒め言葉。光栄に思うよ」
「別に褒めてもいなければ触りたいとも思わん」
「そう言うな。あの時はまだ私も若かったのだ。許せ。どうだ、君達も次の仕事が終わったらそのまま一緒に『百の聖なる月水夜』を探さないか?」
「何で?」
ファブリスはジェジェーヌに訊いた。
「デフロットも早く『百の聖なる月水夜』が見てみたいに決まっているからさ――はて、君は誰だい?」
ジェジェーヌはこの時、初めてファブリスの存在に気付いたようだ。
「今頃か! この子は『自由な童話』を探している――」
「ファブリス・クレティアンです!」
イニャスはジェジェーヌにファブリスを紹介しようとしたが肝心の名前のところはファブリス自身が言う形になった。
「そうか。じゃ、彼女はセリアか」
ジェジェーヌはセリアを見て言った。
「ええ、でもお生憎様。私はこの誘うリュミエール達をデフロットの所に持って行かなくてはいけないからイニャス、あんた行って来なさい。あたしの代わりはそう、ファブリス・クレティアン! あなたが行きなさいな」
「え! ぼくが」
「そうよ。そうすればあなたの探している『自由な童話』が手に入りやすくなるんじゃない?」
ファブリスはその場で一瞬、考え込んだが一緒に行くことにした。
口にこそ言わなかったがイニャスにはそれが伝わったようで、気楽に皆に言った。
「なるほどね、セリアがそう言うんならそうしようぜ。俺、あんまりデフロットには会いたくないからな」
「なら、決まりね。さっさと次、終わらせるわよ!」
「オー! って俺がまた捕まえるんだろ。次の誘うリュミエール」
「当たり前でしょ? 今日の賭けに負けたのはあんたなんだから」
イニャスは少し肩を落とした。
そう決まると立ち止まっていた一行はまた次の目的地へと歩き出した。