ファブリスがその扉に入るとデフロットはいつまでもその扉の前にいるわけではなく、扉を開けたまま、またカウンターの奥に入ろうとしていた。
「さて、彼は僕の期待以上の『自由な童話』を探せるのでしょうかね?」
他人事のような口ぶりで店の中から消えて行った。
一方、ファブリスは目の前で起こっている事が邪魔で一歩進んだ所で立ち止まっていた。
「あのー」
ファブリスは自分の目の前で一生懸命何か赤色に光っているものを追っている男に話し掛けようとした。
「こいつ、待て!」
男はそう言ってファブリスに返事をしなかった。
別に追い掛けられているものは何も言わない。
ただ、逃げているようだ。
左右上下にひらひら飛びながら。
「この中に入れ!」
男はその近くに置いてあった小枝で出来たような鳥籠にその赤く光っている何かを入れようとしているようだ。
ファブリスはそれを横目で見ながら先を急ごうとした。
「ちょっと、待った」
さっきまで何もファブリスに反応しなかった男の手にファブリスは捕まった。
「君はあいつより捕まえやすいな」
そう言いながら男は軽々とファブリスを抱き上げた。
「これで君は逃げられないだろ?」
そう言われたファブリスはランタンを一度も離さずにこの男に真剣に訊いた。
「僕はファブリス・クレティアン! あなたは何か知ってますか? 僕の探している『自由な童話』のこと!」
「いや、それよりもあいつ捕まえるのを」
「それをさせたらあんたの仕事がなくなるでしょ?」
ファブリスが男と会話をしている間に木の上から下りて来た女が男の頭をバシッと叩いてから言った。
「木?」
ファブリスはこの時初めてここの景色を認識した。
女は少しこの少年がおかしな事を言うと思い、ファブリスが分かるように説明した。
「ん? そうよ、ここは妖精達なのかしらね? まあ、そう呼んでも良いかもしれないもの達が暮らしている世界だもの、木だって川だって自然の何だってあるわよ」
「妖精?」
「そう、あなたも知ってるでしょ」
女は不思議と言った。
「うん、知ってる」
ファブリスは誰かの話を思い出した――。
「わたしね、この世界は見えないけれどあの世界は見れるの」
「何を言っているんだい? マリテ」
ファブリスの妹、マリテは生まれつき両眼が見えなかった。
だが、マリテはこの世界を家族を本当に見ているかのように生きている。
ファブリスはそんなマリテが愛しかった。
自分の妹として誇らしく思っていた。
だけど、やっぱり自分が見ているこの世界を見せてあげたかった。
彼女の両眼で。
だから、隣家のおばあさんの不思議な薬屋の話を初めて聞いた時思った。
治せる! その薬さえあればマリテの眼が見える。
それから、ファブリスは両親に言った。
「これからその薬屋に行って来るよ」
と。
喜んでくれると思った。
だけど、両親は怒り、悲しんだ。
そんな両親を見たファブリスは何も言えなくなった。
そして、泣いた。
どうして、怒るの?
どうして、喜んでくれないの?
見せてあげたくないの?
こんなにきれいな空を星を海を花を生き物を――色付く全てのものを。
パパとママは見せたくないの?
見せてはいけないものなの?
――僕は見せたい。
マリテの両眼に真実を見せてあげたい。
これはぼくのわがままかもしれない。
だって、マリテは見えなくても幸せそうだから。
見えなくても見えているから。
見えないものさえ見えているから。
でも、周りの大人達はそのマリテをかわいそうだと言う――。
だから、ぼくは見せてあげたくなった。
家のテーブルに置き手紙を残して走った。
ただ、マリテの眼を治す薬を手に入れるだけの為に。
皆の喜ぶ顔を見たいが為に。
「ねえ、ファブリスは見たことある? 妖精って。あの世界には妖精がいるの。皆はいたずら好きって言うけれど。本当は遊びたいだけなのよ」
「それじゃ、マリテはその『妖精』を見たことがあるみたいだ」
「ええ。あの世界にいけば会えるもの」
そう言うマリテの目は閉じていたけれど遠くを見ているようだった――。
「ああ、そうか。マリテが話してくれたんだ」
ファブリスはその時の気持ちも思い出した。
「そうか、それは良かった。俺も今、こいつを捕まえたところだ」
その男はそれを捕まえる為に少し汗を掻いたのか自分の着ている服の袖を使ってその汗を拭いた。
ファブリスよりも良い服を着ている。
そして、彼の今の表情は少し疲れていた。
「あの、それなんですか?」
ファブリスは『自由な童話』を探す前に男の捕まえた赤色に光っているものの正体を男に訊いた。
「これか? 俺にも分からんがデフロットは確か……『レヴリ・クレクール』とか言っていたな。ま、俺達は『誘うリュミエール』と呼んでいるがな」
そう言って男は女にその赤色の『誘うリュミエール』を渡した。
そして、手に蒼の光が入っているランタンを持った。
女もよく見れば右手には今、男に渡されたばかりの赤色の『誘うリュミエール』をそして、左手には紅の光が入っているランタンを持っていた。
隠し持っていたのかもしれない。
そう思っていると男は言った。
「君は確か『自由な童話』がどうとか言っていなかったか?」
「そうです。あなたは知っているんですか?」
「いや、知らん。だが、探すのは大変だってことは知っている。前も君みたいな人が『現世界』から来ていた。この『創世界』に」
「そうせかい?」
「そう、正解!」
女は男の膝を足で蹴った。
「ぐほっ」
「そんなくだらないこと言ってないで次のとこ行くわよ。イニャス、まだ今回の仕事は終わってないのよ」
「わ、わかっているとも……セリア」
男にセリアと呼ばれた女はもう先に進んでいる。
セリアにイニャスと呼ばれた男は足を引きずりながら歩き出した。
ファブリスはそんな二人に付いて行くことにした。
進む道が同じだったから。
「お。君も一緒に行くのかい?」
そうファブリスに言ったイニャスはやっぱり痛そうだ。
「はい、ぼくが探さないと薬がもらえないから」
「そうかい。ここから先は『誘うリュミエール』しかないからな。君の探している『自由な童話』があるかどうか」
「あなた達について行けばきっと探せる気がしてるんです」
ファブリスはイニャスにそう言って前を見続けた。
「そう」
イニャスはファブリスを見てからセリアを見つめた。
そして、
「痛すぎる――」
と言いながら歩き続けるのだった。