「優姫!」
「おはよう、兄さん。どうしたの? そんなに慌てて」
翌日、兄さんが慌ただしく病室へ飛び込んで来る。
「どうしたって……お前、あのサークル辞めたって……」
「ああ、父さんか母さんから聞いた? ごめんね、せっかく探してきてくれたのに」
ボクはサークルを辞める事をどうしても兄さんへ直接伝える勇気が無くて、父さんへその旨を電話で伝えた。父さんは理由は聞かず、黙ってそれを受け入れてくれた。
「何か……あったのか?」
「別に、何も無いよ。ただ、あまりあのサークルの雰囲気がボクには合わなかっただけさ」
ボクは笑って誤魔化す。
理由を伝えた所で、兄さんが責任を感じるだけだ。自分のせいでボクが傷付いたと知ったら、兄さんは間違い無く自分を責めるだろう。
「……本当か?」
兄さんはボクの顔を覗き込む。
それに対し、ボクは優しく微笑み返す。
「本当に、何も無いなら良い。ただ、そうじゃないなら……話してくれ。俺にだけは……優姫の本当の気持ちを教えて欲しい」
「……ボクは、何も……」
兄さんは真っ直ぐな視線でボクを見つめる。
きっと兄さんは、ボクの嘘を見抜いている。
兄さんの顔を見て、これ以上事実を隠そうとしても無駄だと思った。それに……純粋にボク自身もこの積りに積もったこの感情を良い加減に吐き出したかった。
ボクはゆっくりと口を開く。
「……あのね、兄さん。ボクにはもう、この世界に居場所はないんだ。この数年間、何とかこの世界に居場所を見つけようとして、少しでも現実に抗いたくて……色んな努力をしてみたけど、やっぱり駄目みたい」
「駄目なんて、そんな事!」
「じゃあ兄さんに何が分かるの!? 兄さんはさ、五体満足で、友達も沢山いて、毎日毎日幸せで……分かる訳がない! ボクは、兄さんが持っている何もかも持っていない! 全部を奪われたんだよ! そんな人間の事を、何が分かるっていうの!?」
その時、ずっと堪えていた感情が一気に溢れ出す。ダムが決壊した時みたいに、感情が1度流れ出したらもう止まらない。
ずっと心の中で燻っていた不安、絶望、怒り……それらを全て吐き出し、ボクは兄さんへ理不尽にぶつける。
「……優姫、俺は……」
兄さんは涙を浮かべながらボクを見つめる。
兄さんへ怒りをぶつけても意味が無いと分かっているのに、ボクは一体何をしているんだろう。
目を見開いた兄さんの顔を見て、ボクはようやく我に帰る。
「……ごめん、ごめんなさい。兄さんは何も悪くない。だから、ボクから1つだけお願いがあるんだ。兄さんにはもう、自分の人生を生きて欲しい。ボクの為に人生を浪費するのは、もうやめて欲しい。自分のせいで他人が不幸になるのは、もう嫌なんだ」
「優姫、俺は!」
「もう、嫌。自分のせいで大切な人が不幸になるなんて、絶対に嫌! どうして、どうしてボクなの!? 何も悪い事なんてしていないのに……だから、もう良いよ。ボクの為を思うなら兄さんは兄さんの人生を生きて。それが、ボクにとっても幸せだから」
ボクに残された最後の幸せ、それは身近な人達が幸せに暮らしてくれる事。そして、その障害となっているのが紛れも無くボクの存在だ。
父さんも母さんも兄さんも、そしてゆうちゃんやあんちゃんにとってもボクは不要な存在なのだと、この日にボクは改めて知った。