「じゃあ、行って来るね」
「おう! 楽しんで来いよ!」
ボクがサークルでどんな過ごし方をしているのかも知らずに、兄さんは笑顔でボクを送り出す。
兄さんに罪は無い、だからボクは上手くやっているフリをするだけだ。自ら車椅子の車輪を回して、サークルが使っている公民館の扉の前に辿り着く。
憂鬱だ、他人の視線なんて気にならないと思っていたけれど……それでも数時間を一人孤独に過ごすのは楽な事ではない。だけど、それでも上手くやれているという風に見せなければならない。
「はぁ……」
ボクは扉の前で溜め息を1度吐いて、扉を開けようとするが……その直前、微かに声が聞こえる。
部屋の中から、複数人の小さな声が聞こえる。
開きかけた扉の戸を、一旦元に戻す。
そして、耳を澄ませて中の会話を聞き取る。
『今日も来んのかな? 誰だっけ、あれ?』
『倉田 優姫?』
『あー、それそれ。あいつ、マジ何なんだろうね』
『ずっと1人でつまんなそうにしてるしさ。何しに来てんの? って感じ』
『交流する気無いなら来んなよって感じだよね~』
『てかさ、あれ……事故?』
『あれ事故じゃないらしいよ? 本人が事故じゃないって言ってたんだってさ、芹那が言ってた』
『まぁでも、事故じゃないなら……事件だよね、あの傷を見る限り。何だろ、親からエグい虐待受けてたとか?』
『それかどっかのヤバい変態に攫われて~、とか? あり得るくない!?』
『え~、それ本当なら悲惨過ぎじゃん、そんなんされたら、私なら生きていけないわ……』
『でもさ、それでも自殺せずに生きてるの尊敬するわ~。だからあいつ見てたらさ、何かちょっと元気出るんだよね』
『何で?』
『こいつよりかは全然マシだわ~、みたいな』
『ひどっ! けど、まぁ……ぶっちゃけ分かるかも』
『ねぇ、今日来たら何でそんな身体になったか聞き出さない?』
『えー、教えてくれないでしょ』
『裏連れて行って1、2発殴ればビビって喋るんじゃない?』
『あはは!』
その会話を聞いて、ボクは扉を開ける事をやめた。場所など関係無い、ボクの居場所などこの世界の何処にも無いのだ。
同じ境遇の人間同士でも、自分より下を見つけてそれを貶す……現実は何も変わらない。
ボクは自ら車椅子の車輪を回し、時間を掛けて1人で病院まで帰った。