それからボクたちは列に並んで、クレープを購入する。甘い香りがして、色もカラフルでとても綺麗だ。女の子に人気がある理由はこれだろう。
「クレープか、久々に食べるな」
そして、兄さんはそれを大きく口を開けて頬張る。やっぱり兄さんは甘いものが好きみたいで、表情はとても幸せそうだ。
「……美味しい?」
「ああ、甘くて美味しい……」
兄さんは柄にも無くはしゃいでいる。
流石にクレープでこんなに感動してくれるとは思わなかったので、何だがボクも嬉しい。
そして、そんな兄さんの姿を見ていると……ボクの心情にも変化があった。
「……ねぇ、少し……貰っても良い?」
ボクも、それを食べてみたくなったのだ。
そんなに美味しいものを、好きな人と分かち合う感動を味わってみたい……そう思ったのだ。
「……大丈夫なのか? 無理しなくても」
「大丈夫……少しずつ、慣れたいから」
心配する兄さんを説得し、ボクは兄さんのクレープを少し分けてもらう事にする。
生クリームとチョコレート味のクレープを少し手で千切って、恐る恐る口へ運ぶ。
甘くて、美味しそうな香り……香りではまだ、気持ち悪くはならない。
「……大丈夫か?」
口の中のモノをゆっくり咀嚼し、舌で味を感じ取る。生クリームとチョコレートの甘味が口の中で広がる。
けれど、それは一瞬だけで……途端に口の中から身体中へ不快感が広がる。舌の上のクリームは泥みたいで、途端に生ゴミみたいに不快な苦味が口内が刺激される。そして、それと同時にあの地獄での出来事が脳内で再び再生される。
「うッ……ぇ」
……やっぱり駄目だ。あんなに美味しそうなクレープも、ボクの口の中じゃ腐った生ゴミ同然だ。
不味くして、臭くて……脳内であの頃の『餌』の味が何度もフラッシュバックする。
「優姫!」
ボクは我慢が出来ず、その場で嘔吐する。
何の前触れもなく、ショッピングモールのど真ん中で嘔吐したボクを、周りの人達が怪訝そうに見つめる。
それはそうだ、クレープを食べて嘔吐なんて普通じゃない。ボクは、普通じゃないんだ。
「はっ……はぁ……ごめん、兄さん」
床に広がった吐瀉物を、ハンカチで必死に拭う兄さんにボクは謝る事しか出来なかった。
「良いから……きっと久し振りに遠出して疲れたんだ、もう帰ろう」
兄さんは嫌がる素振りも見せず、床の掃除を続ける。ボクのせいだ、ボクが余計な事をしたから……兄さんにまた負担をかけてしまった。
ボクが自己嫌悪に陥りかけていると、ふと周囲の人達がボクの目に入る。ボクたちの異変を察知した周りの人達が、徐々に周りへ集まり始めていたのだ。
『え……なんで吐いてるの? あの子』
『てか、あの子……傷跡、ヤバくない? 事故とかかな? 車椅子だし』
『かわいそ~……あんなになったら、あたし生きていけないわ』
人混みの中で女子高生くらいの女の子達が、ボクの姿を見てヒソヒソと話しているのが聞こえた。
『確かに! ああなったら自殺するわ、絶対』
『もう、死んでさっさと転生するよね』
『一緒にいる男の子、兄妹? あんな歳で介護とか大変そう~』
『やめなよ~、絶対聞こえてるって』
女子高生達はそう言ってケラケラと笑って、何処かへ歩いて行ってしまった。
兄さんにもきっとその言葉は聞こえていただろうが、兄さんはただ黙ってボクが汚した床を拭き続けていた。
「……ごめん、ごめんね、兄さん」
ボクが何度謝っても、兄さんは何も言わなかった。
「ごめんね」
ただ、ボクは兄さんへ謝り続ける事しか出来なかった。ボクの存在が、周囲を不幸にしているんだ。
それをこの日、思い知った。