それから数日後、ボクは兄さんに連れられて街へ出た。考えてみれば、ここ数年はまともにお出掛けをした事なんて全く無かったし、男女のデートに関しては……今日が人生初めてだ。
相手は兄さんだとしても、少しドキドキする。勿論、本来ならゆうちゃんとデートをしたい所だけれど……。
今日のデートは、あくまで予行練習だ。
ゆうちゃんとデートした時、失敗しないようにする為のあくまで予行練習だ。
ボクはそう言い聞かせて、胸のドキドキを抑え付けようとする。
「はぁ~、今日は風が気持ち良いね!」
「ああ、そうだな」
デートと言っても、別に特別な事を予定している訳ではない。ただ、お互い少しお洒落をして、街をぶらぶらしているだけなんだけれど……だけど、その中で交わされる他愛の無い会話ややり取りが、とても心地良かった。
「兄さん見て! クレープだって!」
「おお、良い香りがすると思ったら、ここか」
何気なく入ったショッピングモールの中で、クレープ屋を見つける。
しかも今流行りの人気店で、特に若い女の子に人気があるらしい。雑誌でも見た事がある。
「……普通の女の子なら、デートで美味しいものも沢山食べれるんだろうなぁ……」
けれど、ボクはそれを食べたいとは思わない。いや、正確には食べたいと思えないか。
ボクは皆と同じ様に食事を楽しめない。それは何故か? 医者が言うには、ボクの消化器官は長年の常軌を逸した食事で異常が生じているらしい。あの時、何を食べていたのか最早記憶にすら残っていないが、それが起因して消化器官が上手く機能していないらしい。
けれど、それは直接の原因では無い。消化器官だけの問題なら、無理をすればモノは食べられる。
本当の原因は……ボクの心、精神の問題だ。ボクはあれから、固形物が食べられない。
固形物を口に入れて、咀嚼して、味わって、それを胃に流し込む……たったそれだけの事が出来ない。
口の中にモノが入ると、あの頃の『餌』を思い出す。むせ返るような臭い、舌の上で蠢く蛆や虫、喉に蛆や虫が引っ掛かる独特の感覚……それが、何度もフラッシュバックして……満足に食事も出来ないのだ。
なので、今の病院での食事は全て流動食で済ませている。固形物など、もうずっと味わっていない。
「大丈夫、きっといつか美味しく食べられる時が来る。だから、安心しろ」
クレープ屋を寂しそうに眺めるボクを見て、兄さんは優しくボクの肩に手を置く。
「ねぇ、兄さんはせっかくなんだから食べてみたら?」
「いや、俺は別に……」
「本当は甘いもの好きなんでしょ? ボクに気を遣わなくて良いから」
ボクがそうでも言わないと、兄さんはボクに気を遣ってしまうだろう。兄さんが甘いもの好きなのは昔から知っている。だから、今日は兄さんにも楽しんで欲しい。だって、今日はデートなんだから。