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第24話 散歩

 夕焼けの空の下を、兄さんと車椅子のボクがゆっくり散歩をする。

 病院の中庭をゆっくりと時間を掛けて進むだけなのだが、ずっと部屋で監禁されていたボクにとっては毎日が発見の連続だ。毎日色の違う空、花壇に植えられた彩りの花……ボクが今まで味わえなかった世界がそこにはあった。


「今日は何してたんだ?」

「今日もリハビリ漬け……ボク、きっと兄さんよりキツい下半身のトレーニングしている自信あるよ」

 この1年でボクは冗談や軽口を叩けるくらいにまで心が回復した。身体に関しても劇的な回復はないけれど、リハビリの中で僅かに成長があれば勿論嬉しい。ここ数年、完全に失われていた感情だった。

「なるほどなぁ、だから最近は脚が太く……」

「……兄さん、その発言はボクに喧嘩を売ってるのかな?」

「何でだよ!? 筋肉が付いたって褒めてるんだろ!」

 今はもうこんな冗談だって笑って受け流せる。普通の人なら他愛の無い会話なんだろうけど、こんな『日常』を再び味わえる日が来るなんて……数年前なら考えられなかった。

「はぁ……兄さん、それ学校で他の女の子とかに絶対に言わないでよ。デリカシーが無さ過ぎて、妹として恥ずかしい」

「恥ずかしいって……」

「……ゆうちゃんなら絶対にそんな事、言わないのに」

 ただ、そんな生活の中でもボクは『ゆうちゃん』や『あんちゃん』の存在を忘れた事は無い。ボクが誘拐された日から、多くの時間が流れた。2人だって成長して、ボクの知っている頃の2人ではないだろう。


「……なぁ、昔から思ってたんだけど、お前……祐介の事、好きだよな?」

 すると、兄さんは突然神妙な表情でそう言った。

「ん? ゆうちゃんの事は好きだよ、ずっと昔から。当たり前だよ」

「いや、そういう好きじゃなくて……友達とかじゃなくて、男として」

「……うん、好き。男の子として、ずっと昔からゆうちゃんが好き……」

 自分の口から、はっきりと言葉にしたのは初めてだった。

 ボクは、ゆうちゃんの事が好きだ。

 友達ではなく、異性として。

 あの頃は好きという感情が理解出来なかったけれど、今ならはっきりと分かる。これは恋愛感情だ。

「やっぱりな。子供の頃から、お前が祐介を見る目は何か違うなーとは思ってたんだ」

「うん……だけど」

「だけど?」

 だけど、この気持ちを理解するのが遅かったと後悔もしている。ボクはもう、皆が知っている優姫ではない。

 1年前の父さんの言葉を思い出す。

 今、ゆうちゃんやあんちゃんがボクを見て……どう思うだろうか。怖い? 気持ち悪い?

 2人に拒絶される事を考えると、それら何よりも怖い事だ。

「だけど、もう叶わない恋って考えたら……ちょっとだけ辛いな。ゆうちゃんだって、こんな傷だらけで、1人で歩く事も出来ない彼女……嫌だろうし」

 ゆうちゃんの顔を思い浮かべ、辛いリハビリを繰り返す毎日。なのに……心のどこかでは、ゆうちゃんと再会する事を恐れている。今のボクを、見られたくないという気持ちがある。

「そんな事ねぇよ! 毎日、死ぬ程辛いリハビリをして、頑張ってるお前の事を……祐介は嫌だなんて言わねぇ! だから、だから!」

 そんなボクを見て、兄さんはそう叫ぶ。

 1年前に言った通り、兄さんはボクの為なら何でもしてくれた。たとえゆうちゃんとあんちゃんがボクを拒絶しても、きっと兄さんは最後までボクを支えてくれるだろう。


「ふふ、兄さん可愛い。兄さんの事も好きだよ、ゆうちゃんの次にね」

 兄さんがいたからこそ、ボクはこの地獄から這い上がる覚悟を待つ事が出来た。

 夕日が沈んだ頃、ボクと兄さんは再び病室へと戻った。


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