「……ありがとう、父さん」
戻ってきた父さんに、ボクは静かに告げる。
「……ああ、優姫がそれを望むのなら、わざわざ事件を公にする必要もないだろう……」
父さんは、きっともう疲れたんだろう。
父さんも散々なのだ。こんな事件をこれ以上引き伸ばしたくないというのが本心なんだろう。
「うん。でも、父さんにあともう1つだけお願いがあるんだけど……良いかな?」
これが最後の親不孝のつもりだった。その覚悟でボクは口を開く。
「ああ! 勿論だ……何でも言ってくれ!」
「ボクは……ゆうちゃんとあんちゃんに、会いたい」
しかし、ボクの要求に父さんは言葉を失う。
重苦しい雰囲気が病室に漂う。
「会わせてやろうよ、父さん! やっと優姫が帰って来たんだ! あいつらも、きっと!」
兄さんが身を乗り出して父さんに叫ぶ。
しかし、父さんの暗い表情は変わらない。
「和彦、そう簡単な事じゃないんだ」
「なんで……」
兄さんの言葉に、父さんの顔はどんどん曇っていく。
「あの2人が今の優姫を見て、どう思う?」
「どうって……嬉しいに決まってるだろ! 3年振りにやっと再会出来るんだから!」
「そうかもしれない。けれど、そうは思わないかもしれない」
「……何でだよ! だって、ようやく!」
「3年振りに会った友達が、左目を失い、全身に生傷を負わされ、そして下身体の自由を失った……そんな残酷な現実を、幼い2人に知らせてしまうのは残酷な話だ。お前たちは皆まだ幼い。だから、出会う事で……互いの心を傷付け合ってしまうかもしれない」
父さんの意見は正しくて、そして残酷だった。
そうだ、ボクは昔の優姫じゃない。皆の知っている元気な少女の姿ではなくなってしまった。
今のボクを見て、2人はどう思うだろう? 同じ人間として見てくれるだろうか。それとも化物を見るような目で恐れられるのだろうか。
父さんの言葉で、そんな簡単な事を改めて思い知る。
「そんな事ねぇよ! あいつらは絶対に!」
「お前はそうでも、あの2人は違うかもしれない……また、元の関係に戻れる保証もない」
そうだ、父さんはボクの為に言っている。
ボクが友人を失い、心に傷を負う事を何よりも恐れているんだ。それは、ボクにも分かっていた。
けれど、兄さんは引き下がらなかった。
「じゃあ父さんは一生、優姫を誰とも会わせないつもりかよ……」
「そうは言っていない。この残酷な現実を受け入れるのに、皆まだ幼過ぎると言っているんだ。だから、それが理解出来る年齢になるまでは、俺は皆で会う事は控えるべきだと思う。俺だってこんな事を言いたくない。けれど……これも優姫の為だ」
そして、父さんは母さんの様子を見てくると言って病室を出た。残されたのは、ボクと兄さんだけ。