【7月28日 朝食:塚原 杏奈】
「すっごーい! ホテルの料理みたい! 私は食べれないけど……」
テーブルに並べられた朝食を見て優姫が目を大きくして驚く。
「そんな大袈裟な。どこもこんなもんだろ?」
それ対していつも以上に薄い反応のお兄ちゃん。
……今朝はお兄ちゃんに喜んでもらうために早起きして準備してたのに、なんでそんな冷たい反応なの? 私はお兄ちゃんに怒りを覚え始めていた。
「あ! お兄ちゃん、今日みそ汁の味付け変えてみたんだけど……どうかな? 美味しい?」
「ん? 別に大して変わってねぇけど……前の方が良いかもしんねぇな」
「……っ」
思わず舌打ちをしてしまった。
どうして、昔のお兄ちゃんなら味が分からなくても絶対に美味しいって笑ってくれたはず。頭を撫でながら褒めてくれたはず。
なのに、今は……
「でも、あんちゃんすごい! こんな料理上手だったんだ! 本当は私も食べたくて、食べたくてしょうがない……」
料理に反応してくれるのは食べる事の出来ない優姫だけだった。
それに対して更に苛立ちが増す。優姫に気を遣われているのが腹立たしくてしょうがない。
「……優姫ちゃん」
「ん、なに?」
そこで私は、少し意地悪な質問を優姫にしてみる事にした。
「ちょっと、聞きたいんだけどさ」
「うん。なんでも聞いて!」
「……事件の犯人って、一体どんな人だったの?」
その瞬間、優姫の表情が凍った。事件の傷はやはりまだ心に残っているようだ。
「……杏奈っ! 今そんな話しなくても!」
私の質問に対し、お兄ちゃんが怒りを露にする。
……へぇ、優姫の事は守ってあげたいんだね、お兄ちゃんは。
「……良いの、ゆうちゃん。ずっと事件を隠してたボクが悪いんだから……」
「過去の新聞、ニュース、ネットにも優姫ちゃんの誘拐の事件の事も、犯人の事も一切情報が無かったの。これって絶対おかしいよね?」
私は追い詰めるように優姫を質問責めする。
優姫は何かを隠している。それは事件の記録がどこにも残っていない時点で明白だった。
「うん……そりゃ、そうだろうね。だって隠ぺいされてるんだもん。この事件自体が無かった事になってるから」
優姫は呆れたように笑って言う。
「隠ぺいって……」
「ボクを誘拐したのは……『糸田 浩二』という男だった。酷く不潔で醜い男でね、働きもせずに親の金で生き永らえてる正真正銘の屑さ。けどね、そんな屑にも一つだけ絶大な力を持った味方が存在したんだ」
優姫は淡々と言葉を進めていく。
「味方……?」
「つまり糸田の父親が……当時の大物議員だったんだ。政界や警察組織に大きな影響力を持つ父親……これほどまで頼もしい味方はいないでしょ?」
「じゃあ……糸田って奴は父親の金と権力で自分の起こした事件を揉み消して、隠ぺいしたのか……」
お兄ちゃんが声を震えさせながら言う。
「……うん」
「ふざけんな! そんな事が許されるわけ……」
お兄ちゃんがテーブル力一杯拳を叩きつける。咄嗟に怒りをぶつけられる場所がそこしかなかったのだろう。
「で、でもさ! その代わりにボクたち家族も口止め料でいっぱいお金貰ってさ、事件が公にならないだけで糸田は刑務所に入れるって約束したし……悪い事ばっかりじゃないっていうか……」
優姫が怒るお兄ちゃんを落ち着かせようと必死にフォローする。
「けどよ!」
それでもお兄ちゃんは納得できていなかった。
「お兄ちゃん、落ち着いてよ……」
私も思わずお兄ちゃんの落ち着きのなさに声を荒げた。優姫の事になると急に熱くなるのが本当に不愉快極まりない。
「……っクソ!」
「でも、そんな事はもうどうでもいいんだ。ここに……昔みたいに戻ってこれただけで、ボクは嬉しい」
優姫は必死に笑顔を作っていた。