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第50話 良い子

【7月28日:塚原 杏奈】


 今日も優姫は朝から家にやってきた。


 和彦も一緒だったが、部活があるらしく優姫を家に送るだけでそのまま練習へと向かってしまった。

「おはよ! あんちゃん。ゆうちゃんは?」

 玄関に優姫の元気の良い声が響く。

「……部屋。優姫ちゃんが声かければすぐ出てくると思うけど……」

「そっか……じゃあ呼んでみる!」

「ゆうちゃーん! おはよー!」


 優姫が2階のお兄ちゃんまで聞こえるような大声で呼ぶ。お兄ちゃんは優姫がいる時は部屋から出て来たくせに、優姫が帰った途端にまた部屋に籠るようになってしまった。

 流石に前みたいに暴れたり、叫んだりはしてないみたいだけど……やっぱり優姫がいないと心が落ち着かないらしい。


「……優姫か! 今日は随分と早いな」

 優姫の声を聞いてお兄ちゃんが部屋のドアを開けて階段から降りてきた。

 本当に優姫が来た途端に元気になる……そう考えるだけで私の心が嫉妬で曇っていくのが分かる。

「うん! 早く2人に会いたくってつい……へへ」

「優姫、朝飯まだか? みんなで一緒に食おうぜ」 

 まるで私だけ仲間はずれにされてるみたいに2人だけで話が進んでる。昔なら、10年前ならこんな事、無かったのに。

「あー……ごめん、まだ言ってなかったけど……私、普通のご飯食べれないんだ。消化器官の機能がダメになってるから流動食しか食べれなくて」

 どうやら優姫は事件の激しい暴行と劣悪な環境での生活のせいで身体に多くの欠陥を抱えているらしい。

「……そ、そうか。杏奈、お粥とか作れるか? それなら優姫も……」

「無理、材料無い」

 私はお兄ちゃんが必要以上に優姫を気遣うのが無性に気に入らなくて、つい冷たい言い方になる。

「あ、そんな気遣わなくて良いから! 1食くらい全然平気だって。それより早く2人ともご飯食べちゃおうよ! 2人ともっとお話ししたいし」

 それに対し優姫は特に反応する事も無くそう言った。この子は昔からそうだった。常に他人を1番に考えていた。

 あんたのその……良い子ちゃんぶってる所が昔から大嫌いだった。あんたが10年前に消えて……これでやっと私が1番の良い子になれるはずだったのに……あんたさえいなければ……。

「あ、ああ。着替えたらすぐ行くよ」

 お兄ちゃんが慌ただしく部屋に戻って行く。

「じゃ、お邪魔しまーす!」

「……どうぞ」


 だから、あんたが今からもう1回消えてよ。

 そしたら、私が1番良い子になれる。

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