【7月27日 嫉妬:塚原 杏奈】
私は3人が美味しそうにケーキを頬張っているのをキッチンからボーっと見つめていた。
……なんで。なんでそんな美味しそうに、楽しそうにしてるの、お兄ちゃん。
私の時は部屋から出てくる事すらしてくれなかったのに……優姫が戻ってきたらこんなに元気になって……何なの。
優姫も……事件から戻ってきて、いきなりお兄ちゃんに馴れ馴れしくして……あんたがいなかったこの10年間、お兄ちゃんを支えてきたのは誰だと思ってるの? 妹の私なのに……。
「あんちゃーん! あんちゃんもケーキ食べよ!」
「ほら、そんなとこに突っ立ってないで! 杏奈ちゃんの分もちゃんと取ってあるぞ!」
優姫と和彦がはしゃぎながら叫ぶ。
しかし、こんな気分でケーキなんか食べられるわけがない。
「……あ、ごめん……私あんまりお腹空いてないから……」
「……そ、そっか」
「ん? 杏奈は食べないのか? こんなに美味しいのに、もったいないぞ」
お兄ちゃんがケーキを頬張りながら不思議そうに言う。
昨日までは廃人みたいに部屋に閉じこもってたくせに……優姫が帰って来た途端になんでこんな元気になってるのよ。これじゃあまるで、私がいなくても良かったみたいじゃん。
私が今までいくら頑張ってもお兄ちゃんは見向きもしてくれなかったくせに……。
優姫が帰って来て、お兄ちゃんにとって私はもう不要になったの?
私の今までのお祈りは……無駄だったの?
私は……優姫の代用品だったの?
「……ごめん、私ちょっと具合悪いから部屋戻るね。食べ終わった食器はキッチンに置いといてね、後で洗うから」
「え? 大丈夫、あんちゃん?」
「……最近はずっと杏奈ちゃん大変だったからな、一気にガタが来たんだろ。ゆっくり休むと良い」
優姫と和彦が心配そうな様子でそう言ってくれる。
これ以上ここにいるとおかしくなりそう。優姫が帰ってきて、お兄ちゃんが元気になって……今までの私という存在が否定されてるみたい。私は優姫にお兄ちゃんが取られた事に嫉妬してるんだ。
「……お兄ちゃん、今日はもう休むね……」
私はお兄ちゃんに向かってそう言ってみる。前のお兄ちゃんなら……心配して部屋まで着いてきてくれた。そして、ベッドに優しく寝かせてくれて……私が眠るまで一緒にいてくれた。
今日も、そうしてくれると思った。そうして欲しい。
「ん? ああ、ゆっくり休めよ」
しかし、返事はひどく冷たく、残酷だった。
まるで興味が無いというか……他人事。お兄ちゃんにとって今の私は他人って事?
私はお兄ちゃんのあまりにも冷たい返答を受け入れられず、その場に立ち尽くす。
「祐介、お前も杏奈ちゃんの部屋まで着いて行ってやったほうがいいんじゃないか? 具合悪いみたいだし」
和彦がケーキに夢中のお兄ちゃんに言う。
そう、本当に優しいお兄ちゃんならそうしてくれるよね? 妹の事……心配してくれるよね?
「あー……大丈夫、大丈夫。杏奈はもう中学生だぞ? 心配無いって」
「けどさ……」
「大した事ないって、大袈裟なんだよ。なぁ、杏奈?」
お兄ちゃんから発せられた言葉。それは私の求めていたお兄ちゃんの言葉ではなかった。
そして、その一言で私は気が付いた。
私の知っているお兄ちゃんは、もういないんだ。
「……うん。1人でも平気だよ」
そう言い残して私はリビングから去った。