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第46話 邂逅

【7月27日 自室:塚原 祐介】


 俺は部屋の中にいた。

 カーテンを閉め切り、完全に光を遮り、外界との接触を拒んでいる。


「……これで、良いんだ」

 俺に関わった人が立て続けに不幸になった。それは偶然とは思えない形で。

 分からない。なんでこんな事になってしまったんだ。俺は……俺は普通の日常さえ送れれば良かったのに。

「……っくそ」

 布団のシーツを強く握りしめる。

 何度眠っても頭から離れない……死ぬ間際の峰岸の叫び声。芋虫のように地面を這いつくばる西崎の表情。考えたくもないのに、脳がそれを忘れてくれない。


「……ああああああああああああああっ!」

 俺はその幻影を振り払うように近くにあった目覚まし時計を壁に投げつける。時計はガシャンと音を立てて床に落ちた。

 毎日、こんな事の繰り返しだ。幻影に惑わされ、発狂し、疲れてまた眠る。こんな事なら……いっそ死んでしまおうか。

 だが、自分でも分かっていた。どうせ自殺する勇気なんてない。また、西崎とサッカーをして、峰岸とおしゃべりをして、杏奈や和彦……そして10年前に消えた優姫とまた昔みたいに遊べるんじゃないか。そんな希望が残っていて、とても死ぬ勇気は無かった。

 こんなに絶望していても、結局は自分が大事なんだ。


「くっそ……くそおおおおおおおお!」

 壁に拳を叩きつけ、痛みでそれを振り払おうとする。

 だが、もう痛みでは誤魔化しようがなかった。ただ壁を殴るだけが部屋に空しく鳴り響ていた。

「ああ! ああああああああああ!」

『お兄ちゃん! どうしたの、開けて!』

 音に気が付いて杏奈が部屋の前まで駆けつけたようだ。だが、今はその杏奈の声ですら煩わしい。

『もう自分を傷付けないでよ! 私の……大切なお兄ちゃんの身体を!』

 うるさいうるさい黙れ黙れ黙れ。

 お前じゃ俺の救いになんてなれない。お前に何が出来るっていうんだ。

『お兄ちゃん! お兄ちゃん!』

 杏奈の声が半泣きになり始めた。

 それでも俺は壁を殴り続ける。

「あああああああ! あああああああああっ……」

 もう拳の感覚が無い。皮膚も破れ、肉も剥がれ、白い骨がむき出しになっている。激しい痛みを感じるが、それでも頭の中は峰岸と西崎でいっぱいだ。

「っあああああっ……ああ」

 もう、拳に力が入らなくなった。完全に指の神経がおかしくなっていた。もう、何も感じない。

『杏奈ちゃん、どうした?』

『お兄ちゃん……お兄ちゃんが!』

 外でもう一人の声が聞こえる。恐らく部活を終えた和彦が家に寄ってきたのだろう。

『祐介! 落ち着け!』

「くっそ……くそおおおおおおお!」

 もう力の入らなくなった拳をもう片方の手で押さえながら、絶叫した。もう、そうする事でしか自分を保てなかったから。


『良いか……お前の身体はお前だけのものじゃねぇ。俺も、杏奈ちゃんも……お前が傷ついたら心が痛む……きっと優姫だって痛むはずだ!』

「……っ、優……」

 俺はその名を聞いて、一瞬だけ頭の中から西崎と峰岸の顔が消え、優姫の顔が思い浮かぶ。10年前……最後に見たとびきりの笑顔。

「やめろ……やめろ! 優姫は……優姫はもう!」

 10年前に行方不明になってから、今も発見されない。警察もとっくに捜査を打ち切ったし、周りの親族たちもほとんど諦めているようなものだ。

 死体が見つからなくても……きっと優姫はもう無事ではないだろう。

「死人の名前まで使って……俺を外に出させたいのかよ!」

俺はそう叫んだ。喉が酷く痛んだ。


『死人……か』

 すると和彦は、少し呆れた様な声で呟いた。

『どうやら……祐介の中じゃ、お前はもう死んでるらしいぞ』

『えー、ひどいなぁ……ボクを勝手に殺すなんて』

 どこか懐かしい声が聞こえた。

 和彦と……あともう一人、少女の声だ。杏奈とは違う。もしかして……俺は何度も頭の中で唱えた。

 俺の記憶の中の……あの10年前に消えた少女の声と記憶が重なる。

「お前……お前」

 俺はドアの前で茫然と立ち尽くす。

 まさか、まさか。

『もう、お前って呼ぶのやめてよ。僕は……ちゃんと名前で呼ばれたいな、10年前と同じように』

 少女の声は優しかった。心に染みるような美しい音色だった。


「優……姫……か?」

『久しぶり、ゆうちゃん』

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