【7月26日 限界:倉田 和彦】
家に帰ると透析を終えた少女がリビングにいた。
車椅子に座ったままボーっとリビングのテレビを眺めていた。
「ただいま……」
「あ、おかえり。どうだった? ゆうちゃんは」
少女は俺に気が付くとすぐにそう聞いてくる。よっぽど祐介が気になっているようだ。
「ああ……あれは大分厄介そうだ。完全に心を塞ぎ切ってる」
「……そうなんだ。流石にあんちゃんが暴れすぎたかなぁ……でも、良い壊れっぷりみたいだね」
そう言って少女は笑顔を浮かべる。
普通の人間なら知り合いの女の子の顔が溶かされ、自分の唯一のライバルの身体が芋虫状態になってしまえば、心を病んでしまっても仕方がない。
だが、少女にはそれが理解できない。なぜなら、10年前にそれ以上の絶望と地獄を味わっているから、そんな事で心が病んでしまう事が不思議で仕方ないのだろう。
「ああ……結局、西崎も2度とサッカーの出来ない身体になってしまったしな。多分……祐介自身も駄目だと心のどこかで分かっていたんだろうが……それでもショックは大きいだろう」
だが、ある意味西崎は幸せなのかもしれない。目が覚めないのなら、自分が2度とサッカーが出来ないという現実を知らずに済む。自分が『芋虫』になっている事にすら気付かないのだから。
「ふーん……その人には悪いけど、そのお蔭であんちゃんの観察も色々できたわけだし、うん。仕方ないよ」
完全に絶望の基準が壊れている少女にとっては、2人の人生が壊れた事など大した問題では無かった。
「それで……ゆうちゃんには……いつ会えるの?」
「それは……」
少女は目をキラキラさせながら聞いてくる。
……いや、駄目だ。
今の祐介は少女が求めている姿の祐介ではない。少女の求める祐介とは、10年前に最後に会った元気で明るく、優しい祐介だ。部屋に引きこもり、全てに絶望した祐介ではない。
「……今の祐介は……お前の求めているようなものじゃ」
「心配しないで。ボクはどんなゆうちゃんでも受け入れる自信……あるよ」
「だけど、今の祐介は……10年前の……お前の望んでいる姿の祐介とは……」
「いいの。それでも、ゆうちゃんには変わりないから。それに……私はもう絶望し飽きてるから。ゆうちゃんがどんな姿になってても今さら絶望なんてしないよ? だから、会いたい」
そう言って少女はにっこりと笑った。
「明日、部活終わったら迎えに来てよ。ボクが……ゆうちゃんを外に引っ張り出してあげる」
「……ああ」
明日、10年ぶりに4人が顔を合わせる事が決まった。