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第31話 サプライズ

【7月21日 サプライズ:塚原 杏奈】


「お久しぶりーっ、私と遊んだ事は覚えてるかなぁ?」


 私は極力明るい声でそう言った。もちろん、包帯だらけの雌豚の目をじーっと見つめながら。相手は瞬きも忘れて私の事を凝視している。

「お前……知り合いだったのか?」

 お兄ちゃんがいきなり現れた私に対して、不思議そうな顔で私を見つめてくる。それはそうだよね、普通なら私がここに来る理由がない。

「んー、まぁね。前に1回友達の繋がりで……遊んだ事があるの」

 もちろん嘘。友達の繋がりなんてある訳がない。直接会ったのは昨日が初めて。

 ああ、でも私がこいつで遊んだのは事実だから、そこの部分だけは本当だ。

「は……? あんたっ、なんでぇ……なんで、ここにいんの……っ」

 ミイラになったあの女が目を丸にして、手足をガタガタ震わせながらそう言う。予想以上の怯え方でちょっと面白い。

「……え? 何でって、お友達が入院してるんだから、お見舞いは当然でしょ?」

 私はけろっとした表情でそう答える。

 ちょっと驚かせようとして来てみたけど、昨日の制裁はかなり効いてるみたい。肉体的にも、精神的にも。

「……って、なにこれ! 花瓶が割れてる! 私が片づけるからお兄ちゃん下がってて!」

「お、おい素手じゃ危ない……」

 私はお兄ちゃんの言葉を無視して破片を1つ1つまとめてゴミ箱まで運ぶ。多分、さっき廊下まで響いていたミイラ女の叫び声からして、これをお兄ちゃんに投げつけて割ったんだろう。

 この女……お兄ちゃんをこんな危ない目に遭わせて……今すぐにこの破片を口の中にぶち込んでやりたいけど……お兄ちゃんが見てるから我慢しなきゃ。

 私は憎しみをなんとか押さえつけ、もう1度笑顔を作り直す。


「……おい、峰岸。さっきからずっと手足が震えてるけど……大丈夫か? 医者呼んでくるか?」

「あ、ほんとだ。大丈夫、峰岸さん?」

 私は嫌々だけど、ミイラ女のベッドの隣に置いてあったぼろぼろの木製の椅子に腰を下ろす。まるで心配して駆け寄ったみたいに。

「こっ……来ないで! お願いだから! お願いだから……許してくださいっ……ひっ、うぐ……」

 ミイラ女が醜く叫ぶ。どうやら私の事が随分と怖いみたい。ちょっと近付いただけでこれだもん。

「お……おい、さっきから様子が変だぞ」

 お兄ちゃんが心配そうに声をかける。

 ミイラ女には全く聞こえていない。さっきから同じ言葉を念仏みたいに連呼しているだけだ。

 まぁ、無理もないか。あんたの顔面を溶かしちゃった張本人だもんね、私。この怯えようだと、私が犯人だって誰かに伝える勇気も無さそうだ。


 ……そんな事したら……どうなるかはあんたが一番、分かってるよね?


「ひっ……うぅ……もう、熱いの……顔が痛いのは嫌なの……これ以上、顔はやめて、許してぇ……何も覚えてないのぉ……っ」

「もう……何言ってるの、峰岸さん。ここは安全だよ? 心配しないで」

 私はそう言ってミイラ女のガタガタ震えてる手を優しく、両手で包み込んであげた。

「大丈夫だよ……退院したら、また一緒に遊ぼ? 昨日は『お土産』も貰ったし、そのお礼で今度は……最後まで、ね?」

 私は笑顔を作ったままミイラ女の耳元で静かに呟いた。そして悪戯っぽく笑いかけた。

 ミイラ女はその言葉で昨日の事を思い出しちゃったみたいで、もう我慢できなかったみたい。


「……余計な事を喋ったら、あんたの家族……お母さん、弟くんも同じ目に遭わせちゃうよ? 家族揃って『同じ顔』になりたい?」

 私はお兄ちゃんに聞こえないように峰岸に耳打ちする。そして、その言葉が引き金になってしまったようだ。


「うっ、うえええええっ! はっ……うええええ……」

 ミイラ女は激しく咳き込んだ後、嫌な音を立てながら口から激しく嘔吐し始めた。ちょっと意地悪し過ぎちゃったみたい。まさか、ここまで精神的に壊れてたなんてね。

「え? え? ちょっと、峰岸さん大丈夫!? お兄ちゃん、私は看護婦さん呼んでくるから峰岸さんを見てて!」

「あ、ああ!」

 そう言って私は峰岸の病室から走って抜け出した。


 そして、廊下を走りながら私は我慢が出来なくなってしまい、思わず笑いが口元から漏れ始めてしまった。いけない、と口元を抑えるけどあまり意味はなかった。


「っふ……はは……あは、あいつ、お兄ちゃんに無理やりキスしたんだもん。このくらい受けて当然の罰だよね、はは」


 そして、私は昨日峰岸から切り取った『一部』をポケットから取り出し、天に向かって静かに祈る。


「あんな汚い女の肉片だけど、『お供え』喜んで貰えたら良いなぁ」

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