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第22話 最後の日

【7月17日 放課後:塚原 祐介】


 今日は夏休み前、最後の授業だったので短縮の午前中だけの授業だった。周りのクラスメイトが夏休みの到来をはしゃいでいる中、俺はさっさと荷物をまとめて病院に向かおうとする。


「おーい! 祐介! 今日みんなでカラオケ行くんだけどお前も来ない?」

 クラスメイトの1人が俺の元まで駆け寄ってくる。

「あ、悪い。今日俺ちょっと用事あるんだわ。ごめんな」

「おーい、せっかくサッカー部がオフなのによー! じゃあ、代わりに夏休み中どっか空けとけよ!」

「お、おう。悪いな」

 クラスメイトの遊びの誘いは断り、さっさと病院に向かう。クラスのみんなには申し訳ないが、今は見舞いを優先させてもらおう。


 昼過ぎには病院に着いた。時間帯のせいか、いつもより病院内も人が少ない。

 最初はは10分かけていた西崎の病室までの道のりも、1週間通い詰めたおかげもあって今は5分もかからずに行けるようになっていた。

 俺は西崎の病室の扉をガラッと開ける。初めて来たときはあんなに開けるのが怖かったのに、今はそんな事もない。


「……あっ、どうも! 塚原先輩!」

 峰岸は今日も変わらぬ笑顔で迎えてくれた。

「おう、今日はそっちも部活無かったみたいだな」

「はい! 顧問の先生が会合っていうやつに行っちゃったみたいなんで!」

 やっぱり西高の顧問も会合か。お互いに今日が部活の休みで良かった。

「……なに、作ってるんだ?」

「あ、これですか? 千羽鶴ですよ。西崎先輩に誰も折ってあげてくれないんで」

「……1人じゃ千羽なんて無茶だろ……俺もやる」

「ふふん、先輩ならやってくれると思ってました……」

 峰岸はまるで計算していたかのように悪戯っぽく微笑む。この子、最近いちいち行動があざとい。俺は峰岸から折り紙の束を貰い、2人で千羽鶴の作成を始めた。


 病室には折り紙を折る音だけが寂しく響いていた。この部屋では俺と峰岸だけが小さなテーブルの上で無言になって千羽鶴を折っており、その中で西崎が静かにベッドに眠っていた。


「……本当に、眠ってるみたい」

 パイプ椅子に座った峰岸が折り紙を折る手を止め、西崎の顔を覗き込みながら言う。

「ああ……本当に、今にも目覚めそうだ」

 俺も折り紙を折る手を止め、西崎の顔をまじまじと見つめてみる。昔からこいつの顔をこんなにじっくり見た事は無かったが、男の俺から見てもやっぱり整った顔だなと思う。この顔なら女にモテるのも納得できる。悔しいが。

「……やっぱり、もうサッカーする西崎先輩は見れないんでしょうかね……」

 峰岸が瞳に涙を浮かべながら、折っていた折り紙をぐしゃりと握り潰す。

 ……そうだ、この子はまだ中学生なんだ。自分の身近な先輩がこんな目に遭って辛くない筈が無い。だが、それを周りに悟らせないように必死に笑顔を作ってきたのだろう。それは俺が予想する以上に過酷で、残酷な選択だ。

「お前……本当に西崎が好きなんだな」

 俺は小さな声でそうつぶやいた。恐らく、その好意までも周りにずっと隠し続けてきたに違いない。

「えっ……ち、違います! そんなんじゃなくて! そんなんじゃなくて、私はマネージャーとして……」

「他の部員が誰も来ない中、お前だけが部活後に1日も欠かさずに病室まで来てたじゃないか。そんな事、マネージャーとしての責任感だけじゃできないと思うけどな」

「……そんなの……」

 峰岸は恥ずかしそうに俯いた。本人が気付いてないだけで、それはもう立派な恋だ。俺は素直にその気持ちを応援したいと思っていた。

「まぁ……いずれ自分の本当の気持ちに気付く時が来るんじゃねぇのか。その時は……迷わず西崎に想いを伝えろよ、俺も推薦してやるから」

 そう言って、俺は峰岸の頭をポンポンと叩いてやる。どうやら峰岸もすっかりこれがお気に入りになってしまたようだ。

「へへ……先輩、そうやってさりげなく不特定多数の女の子に優しくしちゃう癖、直したほうが良いです」

「別に不特定多数にやってるわけじゃ……」

「もう、こんなの見たら妹さんが嫉妬しちゃいますよ。この頭なでなでは妹さん専用だったんじゃないんですかー?」

 峰岸はそう言うとまた意地悪な微笑みを浮かべた。

「……まぁ、元を辿ればそうだな……」


 そして、この日が俺たち2人が病室で笑っていられる……最後の日だった。


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