【7月16日 リビング:塚原 杏奈】
午後8時を過ぎてもお兄ちゃんは帰ってこない。晩ご飯も作ってあるのに。
「……」
ここ1週間、西崎の所に行ってるみたい。お兄ちゃんは……私より西崎の方が大切なのかな。
「それに……毎日、臭いんだよね。ここ1週間」
私はソファに置いてあったお兄ちゃんの脱ぎっぱなしになっていた昨日のYシャツを手に持つ。そしてそのYシャツを顔の前にそっと近づける。
「うっ……」
いくつもの匂いが混ざって私の鼻腔に匂い流れ込んでくる。いつものお兄ちゃんの優しい香り……それに毎日病室に行ってくるからかな、消毒液っぽい匂い……。
そして、もう1つ。鼻が曲がるくらいの汚臭が私の鼻腔を汚す。
「っ、げほっ! はっ……」
私はその汚臭で激しくむせ返ってしまう。
このいかにも安っぽい香水の柑橘系の匂い……間違えない、私は確信する。
「……お兄ちゃん、なんで浮気なんてしてるの?」
間違えない、これはお兄ちゃんにすり寄ってくる意地汚い女の振り撒いてる匂いだ。
1日や2日、匂いが付いていたのならたまたまで済んだかもしれない。でも、ここ1週間……毎日この香りがお兄ちゃんのYシャツにべったり染み込んでる。10年近く前からお兄ちゃんの香りを知ってるんだもん、そんな女の汚臭が混じったら気付かない訳がないよ。
「……そっかぁ、お兄ちゃん。だから、最近帰りが遅いんだね」
私はお兄ちゃんのYシャツをゴミ箱に放り投げた。
そして両親の祭壇の前に座り、気持ちを落ち着かせる様に両手を合わせ祈りを捧げる。
「お父さん、お母さん、神様……見ててね。私が絶対にお兄ちゃんを守るから。お祈りもお供えも毎日欠かさずにするから。だから……私達にどうか『御利益』を……」