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第17話 友達

【7月9日 西崎の病室:塚原 祐介】


 西崎の病室に入ると、大きめのベッドに1人、横たわっていた。部屋には峰岸の物だろうか、甘ったるい香水のような香りが充満している。


「……西崎」

 もちろん応答はない。

 だが、意外だった。横たわっている西崎は意識こそ無いが、ただ静かに眠っているだけのようにも見えた。包帯で傷のほとんどが隠れていたのでそこまで痛々しい印象は受けなかったのだろう。

 だが、右足の親指は……やはり和彦の話の通り欠損しているようだった。切断面には清潔なガーゼが施されているが、根本から親指が切り取られている事は明白だ。


「……どうです? これでも多数の粉砕骨折に筋肉断裂、信じられないですよね。こんな穏やかな顔で……」

「なんか……包帯ぐるぐる巻きで現実感が無いっていうか、もっと血だるまになってるもんかと……」

「あはは……塚原先輩はなんて想像してたんですか、ちゃんと綺麗に手当くらいされてますって」

 峰岸は力なく笑顔を作る。そうだ、彼女も辛いのだ。

 ……こんな子が見舞いに来てくれるなんて、お前は幸せ者だ、西崎。だからさっさと目を覚ましてこの子にお礼くらい言ってやれよ。俺は心の中で西崎にそう伝えた。


「それに……右足の親指の話、塚原先輩も聞いてますよね、もう」

 峯岸は声を潜め、小さな声で俺に耳打ちをする。

 考えてみればこの子も西校のサッカー部の人間だ、もうその話は耳に入っているだろう。

「ああ……」

「うちのサッカー部でも凄い騒ぎになってます、浮気した女にやられただの、天誅だの呪いだの……みんな、好き勝手な事ばっかり言って騒いでます」

 峯岸は露骨に不快そうな表情を浮かべ、大きく息を吐く。

 まだ公にはされていない情報だが、これが明らかになれば多くの人間がこの事件に食い付くだろう。

 優姫の事件のときもそうだった……マスコミは夏の神隠しだの面白おかしく騒ぎ立てるだけで、連中は誰一人として優姫を心配などしていなかった。


「あのさ……」

「はい?」

「西崎の見舞いに来た奴って、俺と君以外……」

「……いないです。ご両親は海外出張で戻って来られなくて。サッカー部でも西崎先輩は正直好かれてませんでしたから、あたし以外の部員は誰も。普段は西崎先輩といちゃついてる女の子たちも、こういう時は薄情なもんで誰1人として顔も出しに来ません」

 峰岸は、溜息交じりにそう答えた。

「まぁー……私も学校でハブられてるようなもんなんでほっとけないんですよね、西崎先輩……はは」

 峰岸は自嘲気味に笑った。この子が学校で嫌われているとはなかなか信じ難いが……。

「そうか……」

 俺は適当に返事をしておく。

 ……だが、西崎の奴はやっぱり高校でも部活でも敵ばかり作っていたのか。プライドの異常に高いこいつは昔から周りに壁を作りやすく、敵も多かった。しかもプライドの高さに比例してサッカーも上手くて女にもモテるときたら……男子から嫌われて当然だ。中学から何も変わってない。

「やっぱり、高校でもこいつの嫌われ具合は健在だったのか……流石だな」

「……っぷ、そこ、感心する所じゃないです」

 俺の言葉に峰岸が微かだが、吹き出した。僅かだが、本物の笑顔だった。俺は彼女を少しでも笑顔にできた事に喜びを感じた。中学生の女の子……つまり、妹の杏奈と同じくらいの年の子があんなに辛そうな顔をしているのは俺としても心苦しかった。


「塚原先輩、西崎先輩の事が好きなのか嫌いなのかどっちなんですか?」

 峰岸が口を押えながら笑いをこらえている。

「どちらかといえば……嫌いだった。でも、嫌いだからって大怪我した友達を見捨てるほど俺も薄情じゃないさ」

「……結局は好きなんじゃないですか、友達って自称してるし」

「い、一応は同じ部活だったんだから良いだろ! それじゃ俺だけ勝手にそう思ってるみたいじゃねぇか」

「ははは……目が覚めたらちゃんと西崎先輩に聞いておきますよ~」


 そこから俺は峰岸と他愛のない話を続けた。彼女は少しずつ笑うようになった。俺は少しずつ彼女の表情が柔らかいものになっていく過程を見て、少しだが喜びを感じていた。


 そして、その後もかなりの長時間をかけて話し込んでしまい、気が付くと病室の窓から見える辺りはすっかり夕焼け空になっていた。


「あ、もうこんな時間だ。ごめんなさい、塚原先輩。せっかくの休日に無駄話ばかりしてしまって……」

「いや、気にすんな。俺も楽しかったし。じゃあ、そろそろ俺は帰るけど……送ろうか?」

「平気です、平気です! 家すぐ近くなんで!」

「そっか。気を付けて帰れよ? ……まだ犯人も捕まっていないしな」

 俺はそう言って病室を後にしようと病室の扉に手をかける。ずいぶん遅くなってしまったな、さっさと帰らないと……そんな事を考えながら帰ろうとした、その時だった。

「あ、あの! 塚原先輩!」

 峰岸の当然の声で俺は後ろを振り返る。

「また……会いに来てくれますよね、西崎先輩に」

 彼女は少し不安そうに問いかけてきた。だが、俺の答えはとっくに決まっていた。


「……馬鹿だな、会いに来ないわけないだろ。友達だぞ」


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