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第16話 現実との直面

【7月9日 お見舞い:塚原 祐介】


 俺は早朝の杏奈が眠っている間にさっさと家を出た。昨日の事もあって顔を合わせたくなかったからだ。


 今日は練習試合の後という事もあって珍しく部活は休みだった。そして、俺はその休日を利用してある場所へと向かう事にした。適当に買い漁ったお見舞いの花と、消化のしやすそうな果物を持ってその場所へと俺は向かった。


 西総合病院。それが西崎が入院している病院らしい。病院の場所は西高の部員から聞いた。この田舎での唯一の大病院だ。

 手足を手錠で拘束されたままトラックに轢かれた西崎のダメージは大きく、今でも意識は回復していないらしい。


 当然だ。助けを呼ぶ事も出来ず、逃げる事すら出来ず、そのまま残酷にも西崎の肉体は正面から鉄の塊にぶち当たり、壊れたのだ。体の骨が砕け、筋肉が断裂したと聞いたときは耳を塞ぎたくなった。

 それに……右足の親指の件も事実なら、西崎は満身創痍だろう。


「くっそ……誰が一体こんな惨いマネを……」

 病院の入り口の前で俺は持っていた花束に無意識に力を込めていた。花の茎の1本が嫌な音を立てて折れ、床に無残に散らばる。

 絶対に……犯人を見つけ出して、罪を償わせてやる。誰であろうとも、絶対にだ。


 そんな事をぼんやりと考えていると、俺は病院のフロントまで無意識に足を進めていた。清潔感あふれる純白の広場に面会の受付窓口はあった。


 俺は面会の許可をもらうため、受付の気難しそうな表情を浮かべた中年女性に控えめに話しかける。

「あの……すいません。西崎……西崎 徹の面会に来たのですが」

「……失礼ですが、貴方は」

 中年女性はじろじろと疑うように俺の顔を睨み付けてきた。俺は保険証を出して身分証明をする。

「友人です、中学時代の」

「西崎さんねぇ……一応、面会は出来ますけど……昨日まで面会謝絶だった患者さんですから、慎重にお願いしますね」

「はい……分かってます」

 案外、簡単に面会は許可された。教えられた部屋番号を目指して俺は病院内を歩き始めた。


 しかし、俺の予想以上に病院内は広く作られており、西崎の病室までたどり着くまでに10分近くかかってしまった。


 そして、それでも歩いているとようやく教えられた部屋番号が見えてきた。

「4階……5号室、ここか」

 その部屋のプレートには西崎 徹と書かれていた。どうやらここは西崎だけの個別病室らしい。

 この個室に、壊れた西崎が静かに眠っているのだ。


「……」

 早く西崎と会いたい。しかし、そう思えば思うほど病室の扉を開けようとする俺の手は動きをピタリと止めていた。

 もちろん西崎には会いたい、会いたいに決まっている。しかし、ベッドに横たわる全身を破壊された西崎を想像してみると、体が動かない。

 もしかしたら全身骨折、筋肉断裂どころじゃなく五体満足じゃないかもしれない。人の形すらまともに保てていなかったら……そんな事を考えると、とても俺は病室に足を踏み入れる事は出来なかった。

 そのうち全身が小刻みに震え始めた。何も出来ずに病室の前でこうして突っ立っている自分が情けなくて仕方がない。


 ああ、このまま帰ってしまったらどんなに楽だろうか。そんな腑抜けた事を考え始めたその時だった。西崎以外、誰もいないはずの病室の扉が突如、開かれた。


「っ……」

 開かれた扉の向こうには小柄な女の子が立っていた。大きな瞳と明るめの色のポニーテール、中学生くらいだろうか。

「あの……さっきからずっと扉の前に立っているみたいだったんで……西崎先輩のお知り合いですか?」

 その女の子は俺の顔を覗き込むように尋ねてきた。どうやら僅かに開いた扉の隙間から見られていたらしい。目が合ってしまい、少しドキッとしてしまった自分が恥ずかしい。

「あ、ああ。中学の知り合いの塚原って者で……えっと……君も西崎の知り合い?」

「ええっと、まぁ知り合いっていうか……西高のサッカー部のマネージャーなんです、あたし。西高中等部の峰岸って言います! よろしくお願いします塚原さんっ」

 そういって彼女はぺコリと頭を下げた。


 そういえば聞いた事がある。西高は中高付属の私立高なのだが、部活動だけは中等部と高校が合同で行なわれていると。だから、中学生の子が西崎を知っているのか。

「俺は南高サッカー部でさ、西崎とは中学の頃同じサッカー部だったんだ」

「へぇー、そうなんですか……良かったです。西崎先輩、友達少ないから全然お見舞いに来る人いなくて……あ、すいません、立ち話しちゃって! どうぞどうぞ、中に!」

 扉の前で長々と立ち話をしている事に気付き、峰岸が俺の手を引いて中へ招き入れる。しかし、俺はその場から前に進む事を躊躇ってしまう。やはり怖かった。

「……どうしました? 顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」

「その……本当に情けない話なんだけど、俺、事故に遭った西崎を見るのが怖いんだ。特に昔から元気にサッカーしてるあいつを知ってるから。事故後のボロボロの姿を見るのは怖いっていうか……」

 俺は弱弱しく峰岸に告げる。ああ、なんて情けないんだ。中学生の女の子にこんな事を言って何になるんだ。俺は言葉を口にしてから後悔した。

 見ろ、俺の言葉を聞いて案の定峰岸も困った顔をしているじゃないか。くそ、こんな生半可な覚悟で見舞いになんて来るんじゃなかった。


 そう思った時、先に口を開いたのは峰岸だった。

「同じ……です」

「え?」

「……それは私も同じです……マネージャーとして西崎先輩の元気な姿をずっと見てきましたから。でも、現実から目を背けても何も始まらないです。きっと、西崎先輩も塚原さんと会いたいと思うんです。だから、そんな事言わずに会ってあげてください! お願いします!」

 峰岸は病院内にも構わず大きな声でそう叫び、頭を深々と下げた。廊下を通る患者や医者たちが一斉にこちらを振り向く。非常に視線が痛い。

「お願いします! 西崎先輩に会ってあげてください!」

「分かった! 分かったから、頭上げて!」

 俺は強引に峰岸の頭を持ち上げる。周囲に変な誤解をされそうだ。

「……ありがとう、ございます」

 すると、峰岸はにっこりと俺に微笑んだ。よく見ると瞳が少し潤んでいる、そこまでして俺を西崎に会わせたかったのか……女の子がここまでする姿を見て今さら俺がビビってるなんて、馬鹿みたいだ。


「会うよ、西崎に」

 覚悟を決め、俺は西崎の病室へと足を踏み入れた。

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