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第14話 亀裂

【7月8日 帰宅:塚原 祐介】


「ただいま……」

「あっ、おかえりなさい! お兄ちゃんっ! 今日はちゃんとご馳走作って待ってたんだから!」

 家に帰ると、やっぱり杏奈は上機嫌だった。まぁ、試合に勝った時はいつもそうだ。


 ……ちなみに、試合に負けた時でも『負けちゃったけどお兄ちゃんのかっこいい姿が見れて満足!』とか言って結局、杏奈が上機嫌である事には変わりない。


「おー、今日はすげーな」

 今日はいつも以上に豪勢な夕食だ。

 しかし、西崎の事を思い出すとどうしても気が滅入ってしまう。俺は手を洗い、うがいをしてからリビングへ入っていく。

「そりゃ、今日は圧倒的な大勝利だったからね! ほんと……かっこ良かった!」

 その杏奈の祝福の言葉が心に刺さった。違う、今日のは俺のやりたかった試合じゃない。あいつの……西崎がいない試合で勝っても素直に喜べない。

「ああ……」

「んんっ? どうしたの。圧勝したっていうのに浮かない顔するんだねぇ、なんかあったの」

 杏奈が不思議そうに俺の顔を覗き込む。

 普段の俺なら喜ぶんだろうが、今日は西崎の事もあって素直に喜べない。

「あのさ……お前が試合前日に行った神社って、もしかして……東神社か?」

「え、うん。そうだけど……なんで?」

 東神社……うちからは少し遠目ではあるが、行けない距離ではない。

「実は……試合前日にさ……神社前の横断歩道で事故があったんだって」

「……へぇ」

 俺が言葉を発したその時、杏奈は一瞬だけ表情を固まらせた。表情だけじゃない、茶碗を持つ手も、慌ただしく動き回る足も一瞬だけ動きを止めた。


 ……また、あの表情だった。壊れた人形のような冷たい顔。俺はこの間と同じような寒気を感じた。

「……そうなんだ。知らなかった」

 杏奈はそっけなく吐き捨てる。

「それでな……その事故に遭ったのが、西崎だった……」

 俺は心苦しいが事件の概要を杏奈に話す事にした。あの時間帯に東神社にいたのなら、何か知っているかもしれない。

 事故自体を目撃していなくても、怪しい奴を見たとかいう事があるかもしれない。


 ……もし、西崎を意図的に事故に遭わせた奴がいたのなら、俺は絶対にそいつを許さない。そんな思いを胸に俺は事件の概要を全て杏奈に夕食の席で話した。


 しかし、それを聞き終えた後の杏奈の反応はとても冷たいものだった。

「そう。大変なんだ。じゃあ、食器片付けちゃうね」

 まるで世間話を嫌々聞いているような態度で、杏奈は食器を片付け始める。あからさまに西崎の話になった途端に機嫌が悪くなっていた。

 そして、杏奈のここまで露骨な態度の変わりようには流石の俺も黙ってはいられなかった。

「……杏奈。お前にとっては西崎はただの不快な先輩だったかもしれない。けど、俺は何であいつがあんな目に遭ったのかが知りたいんだ、どんな些細な事でも……だから、もう少し真剣に聞いて……」


「……知らないってば」

 その瞬間、何かが砕ける音がリビングに鳴り響いた。俺はそれが皿が割れた音だと、すぐに判別ができなかった。

「……知らないって言ってるじゃん。私は神社にお参り行っただけ。何も見てないし、知らない……それにさ、むしろ良かったと、チャンスだと思わないんだね、お兄ちゃんは」

 杏奈が割れた皿の破片をぎゅっと力を込めて握る。杏奈の白い指から赤い液体が流れ出す。

「……な、なに言ってんだ、杏奈」

「だって、西崎さんがいないって事は、サッカーでお兄ちゃんの邪魔をする奴がいないって事なんだよ? 中学の時みたいに」

 中学の時……俺が西崎にレギュラーを奪われた時の事だ。確かにあの時、俺も杏奈もとても悔しい思いをしたのは事実だ。

 だが、だからといって今、西崎が消えた事を喜べるはずがない。


「今日だって正直な話、西崎さんがいなかったお蔭で数年ぶりに南高が圧勝したわけじゃん。なんでもっと喜ばないの?」

「お前、何を言ってんだ……少しおかしいぞ」

「敵でしょ? 西崎さんは。少なくとも西崎さんは敵対心、持ってたと思うけど」

「やめろよ……」

 杏奈は虚ろな目でただ淡々と言葉を続ける。度々起こる精神の不安定な状態なのかもしれないが、いつも以上に狂気的なものを感じる。

「なんでお兄ちゃんがそんなに血眼になってその話に首突っ込むの? あの人の事だから女の人にでも恨まれたんでしょ。自業自得じゃん。そんな奴、死んだ方が」

「やめろよ! お前が何を知ってんだよ!」

 俺は耐えられずにリビングから走って逃げ出した。そしてそのまま階段を駆け上がって自室へと逃げ込む。


 杏奈は追ってこなかった。

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