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第7話 杏奈の罠

【7月7日 試合前日・リビング 午後7時:塚原 杏奈】


 お兄ちゃんの試合前日。


 さて、そろそろお兄ちゃんの為に明日の準備しなきゃな。私は嫌々スマートフォンの電源を入れる。SNSなどもやっていないので普段は電源を切っているのだ。

「……はぁ、気が重いなぁ。あいつと電話越しとはいえ、会話しなきゃいけないなんて」

 私がスマートフォンを起動した理由、それはあいつと連絡をとるため。着信拒否のリストからあいつの名前を探し出し、その電話番号を渋々選択する。

「……まさか、この番号に自分から連絡するなんて……最悪」

 私の独り言がリビングに響く。


「でも、これもお兄ちゃんのため! えい!」

 私は発信の画面をタッチする。

 すると無機質な電子音を奏でながら相手の電話番号への発信が始まる。

「……早く出ろ」

 私はイライラしながらスマートフォンの画面を睨みつける。恐らくあいつの部活は終わってるはず。さっさと電話に出ろ。

 1コール……2コール……そして、3コール目であいつからの応答があった。


『……もしもしぃ、知らない番号だけど、誰?』

 出た。この耳障りなこいつの声。前にこいつにナンパをされた事を思い出して鳥肌が立つ。

「あ、もしもし! 私です私! 覚えてますぅ? 塚原 祐介の妹の杏奈なんですけどぉ……」

 私はお兄ちゃんの前でしか出さないような甘い声で電話越しに言う。死んでもこんな奴にこの声を出したくなかったのに。

『塚原……ああー! 杏奈ちゃんね! 俺の中学の時に試合、観に来てた子だよね? 覚えてる、覚えてる。あの時に連絡先渡しといたから俺の番号知ってたんだ?』

 別にお前を観に行ったわけじゃない。私はお兄ちゃんだけ観に行っただけだ。

「え、は、はい! あの時に連絡先教えてもらってて……実は今日、ちょっとお願いがあって電話したんですよ!」

「……頼み? なになに、デートのお誘い?」

 冗談でも気持ち悪いからやめて。

「違いますよーっ、明日、お兄ちゃんの高校と試合なんですよね? だから、お守り……渡したいんです。ほら、お兄ちゃんと中学から仲良くしてもらってるお礼みたいな……」

「え? マジで? 超嬉しいわ! じゃあ待ち合わせしようか? 今すぐ外出れる?」

 ……よし。

 私は電話越しにばれないようにクスっと笑った。


「じゃあ……東神社前の横断歩道でお願いします。30分後で大丈夫ですか?」

「了解、杏奈ちゃん。すぐ向かうから」

「あんまり女の子を待たせないでくださいね……西崎さん?」


 私はそう言ってニヤリと笑った。


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