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第5話 残された者達

【7月3日 練習後:塚原 祐介】


 午後8時。日も完全に沈み、学校に残っているのはサッカー部員だけになっていた。大会が近いのでこうして時間の許される限り俺達は必死に練習をしていた。


 ……ああ、今日もやっと練習が終わった。

 あまりの疲労で無意識に大きな溜め息が出てしまう。


「お疲れ様でした!」

 1年である俺は、先輩と顧問に適当に頭を下げながらベンチで急いで着替えを始める。

 この田舎町では、電車を1本逃すと家に着く時間は30分以上変わってくる。だから俺はなるべく早く学校を出て駅に向かうようにしているのだ。


「……っよし!」

 さっさと着替えを終えると、他の部員を待つ事なく俺はベンチを飛び出して校門までグラウンドを一直線にダッシュする。これが最短ルートなのだ。

 そして、なるべく全力で走ってようやく校門を走り抜けようとしたその時だった。突如、背後から声をかけられる。


「よっ! 祐介! 今日も頑張ってたじゃねぇか!」

「……部長! お疲れ様でした!」

 振り返るとそこにはサッカーの部長であり、昔からの幼馴染である『倉田 和彦』が息を切らしながら立っていた。どうやら走る俺を追いかけてきたようだ。

「……おいおい、部長はやめろよ。もう練習終わってんだし、和彦で良いだろ」

 部長はゼーゼー息を整えながら言う。

「そうだな……お疲れ! 和彦」

 俺は少々迷いながらも、和彦と昔のように呼んでみる。部活では尊敬する先輩であり、実は昔からの親友でもある和彦を、こんな風に呼ぶのはいつ振りだろうか。

「なんか懐かしいなぁ、昔はお前と杏奈ちゃんにはそんな風に呼ばれてたしなぁ。どうだ? 最近の杏奈ちゃんは? ……相変わらずか?」

 恐らく和彦は杏奈の精神状態について聞いているんだろう。杏奈が10年前の事件で大きく傷付いている事は、和彦も良く知っている。

「うん……まぁ、こればっかりは仕方ねぇよ。杏奈の心が癒えるのには……もう少しかかりそうだ」

「そうか……でも、杏奈ちゃんも大分美人になったろ? 今年もう中学生だもんな?」

 和彦はぐいぐいと肩を押し付けてくる。

「ん? ああ……もちろん美人に決まってるだろ? 家事も1人で全部こなしてくれて本当に助かってるさ」

「そうか美人か! そりゃ良かった。今度、久しぶりに遊びに行きてぇなぁ……出来れば優姫と一緒に……な」

 和彦はそう言って静かに微笑んだ。胸元から優姫の笑顔の写真を取り出して。


 そう、和彦の妹は10年前に行方不明になった女の子の優姫だ。あの日からずっと、和彦は優姫を探し続けていた。だが10年経った今でも、優姫は見つからない。

「優姫……あいつも杏奈に会いたいだろうに」

「いやぁ、もう10年になるんだよな。優姫がいなくなってから。死体だけでも見つけてやって供養してやりたいんだけどな……今でもうちの両親は優姫の写真の前で祈ってるよ、早く帰って来て欲しいと」

 10年前は杏奈と同じで、よく俺や和彦とも一緒に遊んでいた。しかし、10年前の夏の日に突如として行方不明になってしまったのだ。

 そしてその日から何の手がかりもなく今日に至る。

「ああ……すまん。いきなり神妙な話して。お前に久々に和彦だなんて呼ばれたから、ちょっと思い出しちまってな」

「もう10年……か」

 俺は無意識に和彦から目を逸らした。

 きっと和彦は、見つからない妹を思い出して涙をこらえているだろう。そんな彼の顔を見たくなどない。


「なぁ、祐介。杏奈ちゃんの事、しっかり見てやって、話を聞いてやれよ。何かが起こる前ってのは……何かしらの前兆が有るもんだ」

「え? なんだよ、急に」

「勘だって。思い返せば10年前の夏休み、優姫は何処かおかしかったのかもしれねぇ。そして俺はそれに気付いてやれなかった。ちゃんと目を逸らさずに見つめてやれよ、それに気付けなきゃ……救えるもんも救えねぇ」

 ははっ、と和彦は自嘲気味に笑った。

 そう、この男はこういう人間なのだ。常に周りを気遣い、考えている。だから部活でも部長を務めているし、交友関係を広く、みんなから尊敬されている。

 俺は純粋に選手としても、人間としても和彦を尊敬していた。

「大丈夫だよ、杏奈はしっかりしてるから。心配ない」

 俺は和彦にそう答え、帰り道を進んでいく。


「あっ、そういえば今月の分のお土産、渡してなかったな、杏奈ちゃんに渡しといてくれ」

 和彦は突如思い出したようにエナメルバックの中をごそごそと漁り、綺麗に包装された箱を俺に手渡してくる。

「おっ、いつも悪いね。和彦のお土産は美味しいって杏奈も喜んでるよ。うちの両親にも毎日供えるくらい気に入ってる」

「おー! 嬉しいねぇ、廃棄でもそうやって喜んでもらえるならウチの家業もやりがいがあるってね」

 実は和彦の家は地元ではかなり有名な和菓子屋を経営していた。有名なグルメ雑誌に取材されたほどの人気店であり、最近はチェーン店まで出しているみたいだ。

 そして、和彦は大体月に1度の頻度で店で商品としては出せなかった和菓子を俺たちにお土産として譲ってくれていた。

「本当ありがとな、俺は食えないけど……」

「ははっ、相変わらず和菓子は駄目なのか! ま、どうせ放っておいても捨てられるだけだし、気にすんな」

 だが、俺は昔から和菓子だけは苦手で食えなかった。どうもあの甘ったるい感じが好きになれないのだ。なので、和彦からのお土産は基本的に杏奈が全て嬉しそうに食べてしまうか、両親の祭壇に供えてしまう。

「やっぱり、お前らとはこんな形でもずっと関わっていたいんだよ、俺は」

 和彦が少し遠い目で空を見上げた、恐らく今も優姫の事を思い出しているのだろう。


「……ああ。俺も、杏奈もそのつもりだよ」

 今、優姫はいないけど、いつかまた4人で笑い合える日常が戻ってくる。俺はそう信じていた。


 多分、みんなそう思っているから未だに互いの関係を保とうとしている。優姫がいつ戻ってきても、昔のままの場所で迎えてやれるように。 


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