ん? ここはどこだ? なんか暗い部屋だぞ?
「私は神です」
なんか声が聞こえて来た。
「突然ですがあなたは死にました。チートを授けるので、異世界転生して下さい」
おお、マジかよ! 死んだのはびっくりだけど、こりゃついてるな!
「ただし、私の力がちょっと強すぎて、あなたの肉体だと長くは耐えられません」
は?
「具体的に言うと十日で死にます。十日以内に魔王城まで辿り着き、魔王を倒して下さい」
ふざけんな! できるわけないだろ! 詐欺だ!
「じゃあ憑依能力あげます。死亡する瞬間、半径百メートル以内の誰かへ憑依できます。記憶は引継ぎできるのでご安心を」
ひょ、憑依って……。
「条件として、憑依先の好感度が100になっている必要があります。好感度オープン! と発言すれば、好感度が表示されます」
はぁ……。
「補足として、憑依後も十日ルールは続きます。ではご武運を」
えっ、ちょ、ちょっと待てって! まだ聞きたい事が、って、気配が遠ざかってく……。
「……おい、アレン! しっかりしろ!」
うーん……うるさいな。なんか身体が揺さぶられてる……。
目を開けると、数センチ先に兜をかぶった、ごつい野郎の顔があった。ぎゃああああ!
「ちっか! 離れろよ! つーか誰だお前!」
「目を覚ましてくれたか! いきなり倒れたから心配したぞ!」
「だから誰お前」
「頭でも打ったのか? お前の相棒の戦士、ディスマルキンだよ! いきなり倒れたから心配したぞ!」
「俺……勇者?」
「何を当たり前の事を! 一旦宿へ戻って休むか? 今日中に王都まで強行軍する必要はないしな!」
身体を検めてみると、前の俺の身体とは違う。てことは、マジで転生したのか?
……実感が出て来たぞ。ここは異世界で、俺は魔王を倒す旅の最中の勇者!
そんでこいつはパーティメンの戦士か。
「い、いや……大丈夫だ、面倒かけたな。いけるいける、余裕だって!」
とにかくこうして、俺はアレンという勇者として、冒険の続きを始める事になった。
村や街を巡り、人々を助け、ダンジョンを攻略。ドラゴンもリッチも、どんな強敵も俺の前ではただの的だった。
そんなこんなしてるうちに、十日目が来る。するとどうだろう。
突然俺の身体から力が失われ、ばったりと倒れてしまったではないか!
「……おい、アレン! しっかりしろ!」
戦士がとっさに支えてくれるが、もう指一本動かせない。唇が鉛より重い。
しまったあああああ! 毎日が充実しすぎてて、十日ルールの事忘れてたあああ! 俺のアホ!
「し、死ぬ……死んじゃう……」
「縁起でもない事を言うな! こんな所で終わる奴じゃないだろう!」
「こ、好感度……オープン……」
なんとかそれだけ紡ぎ出すと、ちょうど戦士の好感度が見えた。
って100じゃんこいつ!
「待ってろ、頑張れ! 今医者の先生を呼んで来てやる!」
いや、その必要はない。
――貴様の身体をもらうぞッ!
目を開ければ、腕の中で俺が死んでいた。
いや、正確には憑依前の俺、勇者アレンだ。
「憑依……できたのか?」
慌ててわが身を確認。――成功だ。
今の俺はアレンではなく、戦士の方。こいつの名前なんだったっけ。
「た……たすかったー……!」
間一髪だった。ルールの事思い出せなかったら終わっていた。
でも油断はできない。この呪われた掟は続くのだ。
次の十日が来る前に、
とにかく、勇者は世間的には急逝した事だし――俺が次の勇者を名乗って、冒険を再開するとしよう……。
勇者の葬式には、王都の荘厳な神殿が用いられた。
その時に、金髪碧眼の聖女様と知り合いになった。
名前はレスティア。癒しの力と分け隔てない慈愛を兼ね備えた美人である。
「実は魔物との戦いで、怪我しちまって……治してくれないか?」
「まあ! それは大変だったでしょう。すぐに回復して差し上げますからね」
その微笑みは花が咲くようで、仕草も一つ一つがたおやかだ。
「ちょっとディスマルキン! またレスティア様に迷惑かけて!」
げ。うるさいのが来やがった。
こいつは僧侶のカゼナ。赤毛で強気。何が気に入らないのか、やたら俺へつっかかって来るのだ。
「うるせーな。レスティアさんの方がうんと優しいし腕は確かだから、見習いから上がったばかりのお前なんぞに出る幕はねーよ」
「なんですってー!」
「ふ、二人とも。神殿ではお静かに願います……」
そんな感じでレスティアとの仲を育んでいるうちに、十日目が来た。
「ディスマルキン様! どうかお気を確かに……!」
レスティアの腕の中へ倒れ込む俺。柔らけー……って言ってる場合じゃない!
さっさと憑依しないと。最有力はもちろん彼女。
この日のためにせっせと通って来たんだ。きっと好感度だって……。
「……好感度……たったの2……だと!?」
ば、バカな!? いくらなんでも低すぎる!
ふと気づけば、俺を見下ろすレスティアの眼差しは冷たくほの暗いものに。
「ふん……こうなったらこの男の魂だけでもこっそり頂いて、私の糧にするしかないか」
な、なんだと!? こいつ、最初っからそれが狙いで……とんだ腹黒女じゃねーか!
そんな事より、他に候補、候補! 死ぬぅ、死んじゃう!
……あ、近くに100の奴がいる! 誰だか確認してる暇はない、とにかくゴー!
――気づけば俺は、カゼナになっていた。困惑するしかない。
腹に一物抱いていたレスティアはともかく――あの、毎日喧嘩していただけの奴が。
「お、女心って……わからねー……」
首をかしげていると、隣の部屋からわざとらしい叫びが。
「だ、誰かー! ディスマルキン様が、突然……っ」
「何が突然じゃゴラアァァァ!!」
「おぶェッ」
駆けつけるなり、レスティアを鉄拳制裁。悪は滅びた。
その後も、憑依を繰り返しながら旅を続けた。
――聞く所によれば、魔王の寿命は無限らしい。
もしその強靭な肉体と寿命を手に入れられれば、この十日ルールも破れるんじゃないか? 俺は次第に、淡い希望を持ち始める。
呼び止められたのは、そんな折だった。
「私はエリです。王都の宮廷賢者をやっております」
「えっ」
「近頃、力ある者が十日ごとに不審死を遂げる事件が続いています。死因不明、関係性不明。ただし三つの共通点があります。十日周期での死、死の直前の驚異的な力の発揮、そして彼らの軌跡が魔王城へのルートに一致すること」
「えっ」
「私はこれらの死が何者かの強力な魔法によるものだと考えています。誰かが人の命を食い物にしている。これは重大な犯罪です」
「えっ」
「私は、次の死がここ、魔王の島へ至る港町を訪れている誰かの身に降りかかるのではないかと予測を立てました。……犯人を捕まえるため、協力をお願いできますか?」
……やべえええ! めっちゃ疑われてるぅ!?
だから俺は、エリの前でめちゃくちゃ活躍して見せた。
魔王軍四天王を全滅させ、人間同士の戦争を収め、封印されていた魔神も片付けた。
「……今まで疑いをかけて、申し訳ありません。あなたのような偉大な方が、恐ろしい事件を起こすはずがなかった」
好感度を見れば、すでに100。憑依先としての条件も満たしている。
「私は王へ伝えに、一度戻らせていただきます。無実を、証明するために……!」
「えっ」
十日まで後、一日。
こいつが帰ってしまったら、他に候補がいない以上、死ぬしかない!
ど、どうする!? 明日まで! 明日までお待ちしてもらうか!?
い、いや、それだとまた疑われかねない……! どどどどうしよう!?
恐怖で焦りすぎていたのだろう。俺は剣で、自分を貫いた。
十日を迎える前に、自死を試みたのである――。
「やっちまった……」
エリに乗り移れたものの――また『事件』が発生してしまった以上、王都側はより追及を強めて来るに違いない。
もはや……俺に戻る所はない。進むしか残されていないのだ。
ちくしょう! 嫌だ! 死にたくない! もう正直魔王なんてどうでもいい!
俺は生き延びたいんだよおぉぉ!
何日もかけて魔王の島へ泳いで渡り、城へ突撃する。
「ククク、待っていたぞ勇者……って誰だお前!?」
「うるせええええ!」
俺は魔王を押し倒し、馬乗りになり、めちゃくちゃに殴った。
「さあ俺を好きになれ! 好きになれ好きになれ好きになれ!」
「ぐげっ! がっ、ぐああ……!」
早くしろよ! 十日しかねーんだよ! こっちにはよぉ!
だが、時間が来た。虚脱し、ゆっくりと倒れ込む。
「ちく……しょう……」
こうして俺は死んだ。魔王の上で。